市民に愛される「居場所」
市民を巻き込んだプロジェクトもある。演劇製作の際、キャストとスタッフが1か月半にわたり可児に滞在することが特徴的な『アーラ・コレクション・シリーズ』では、市民サポーターが活躍。役者やスタッフたちのご飯を作ったり、館内に飾る大型宣伝パネルを作ったりと陰から支えている。
「可児って、面白い場所も行事も特産物も、誇れるものが何もなかったんです。だけどアーラによって、この土地が誇れる場所、自慢したい場所になったんです。アーラを通じて可児が好きになりましたし、自分に誇りを持てるようになりました」
そううれしそうに語ってくれたのは、市民サポーターの佐橋あゆみさん(56)。
同じくサポーターの月川まゆみさん(65)も、心の拠りどころとなっているようだ。
「ここに来ると誰かに会えるし、用がなくてもフラーっと通ってパンフレットをもらって帰ったり(笑)。思わず来てしまうんですよ」
アーラの取り組みは、市民のなかに着実に浸透しつつある。
「演劇的な手法を用いて、家庭や社会はもちろん、学校にも安心できる場所のない学生にコミュニケーションをとる機会を作りたい」
そうした衛さんの思いから、地域の小学校や高等学校で出張ワークショップを行うこともある。2012年から開催した岐阜県立東濃高校では、それまでクラスメートと交流を持つことにすら無気力だった学生たちに変化が。前年と比べ、遅刻件数は2471件から953件に、中退者は28人から9人に減るなどした。
同プロジェクトの中心的存在であり、衛さんとは30代のころからの戦友でもある文学座・西川信廣(にしかわ のぶひろ)さんは、
「見た目は怖いけど、話すととても人間味があって。嫌なことにちゃんと怒りを持っている人。議論しても相手が正しいと思えば聞いてくれる。頑固なところは頑固ですけどね(笑)」
と、仕事はもちろん、衛さんの人間味あふれる性格にも信頼を置いている。
「衛さんの理念がいろんなプロジェクトに投影されていて、僕ら現場の人間が二人三脚でやっていくんです」
そんな2人のタッグは介護分野にも及ぶ。2019年、岐阜医療科学大学に看護学部と薬学部を新設するにあたり、前出の東濃高校の事例が注目されたのだ。
「劇場には体温が必要だとよく言うんですけど、看護や介護にも体温のあるコミュニケーションが必要だと常々感じてましてね。病人を抱えたとき、どうしても家族は重荷を背負わなきゃいけない。私自身、両親を抱えたとき、マイナス思考に陥りました。すると本来上れる坂も上れなくなるんですよ。そんなとき、ちょっとした演劇的なゲームを家族と一緒にすることでコミュニケーションをとることは本人はもちろん、ご家族のためにも必要だと思うんです」