芦花ホームでは救急車も呼ばないし、鎮痛剤も使わない。自然に亡くなる過程において医療は不必要のようだ。先生は、死んだ経験があるかのようにおっしゃるのでおかしくなる。
「老いて死ぬのはまったく苦しくないですよ。むしろ気持ちがいい」
介護現場で苦しむ老人を見ている人には、にわかには信じがたいだろうが、自然体でにこやかな先生を間近で見ていると、自然に笑みがこぼれてくる。
石飛先生は、決して医療を否定しているのではない。
「未来のある若い人には医療が必要だが、老いて死にゆく人には、医療も治療もいらない。必要なのは寄り添うことだ」とおっしゃる。そして「人は食べないから死ぬのではなく、死ぬのだから、食べないのだ」と。
納得しきりのわたしは、もっと人に伝えたくて、先生のお話を聞いて感動したことを自ら主催している講演会「ひとり語り」で1時間半しゃべったほどだ。観客の皆さんも石飛先生の考え方に感動してくれたので、うれしかった。
石飛先生、大好き!!
誰だって老いるのは怖いし、死ぬのも怖い。でも──
延命治療はしないと決めていたわたしだが、先生のお話を直に聞いているうちに、死ぬのが楽しみにすらなってきた。
でも、今は、トンカツがおいしくてしょうがないので、死にそうもないが、いずれそのときがきたら、石飛先生の言葉を思い出し、救急車など呼ばずに、静かに寝ていることにする。
誰だって老いるのは怖いし、死ぬのも怖い。でも、「最期はこんな感じで」というイメージができれば、死ぬのも怖くなくなる気がする。
誰もが永遠には生きられない。いつ、後ろからふいに、ハンマーでたたかれて、死んでしまうかもしれない。そう思うと、今が愛しくなる。
トンカツがおいしいって素敵だ。ビール、ああ飲みたい。これを楽しまなくて、どうしようというのか。年金の心配している場合ではないわ。
でも、私の希望とは違い長生きして、ひとり暮らしが無理になり、施設に入るかもしれないが、絶対に胃ろうはさせないわ。もし手術室に運ばれたら、死に物狂いで医師の手を噛んでやるわ。そう、うちの凶暴な猫のように。そして、ありったけの力で「わたしの身体に指一本ふれさせない!」って叫んでやるわ。それでいいですよね。石飛先生。
<プロフィール>
松原惇子(まつばら・じゅんこ)
1947年、埼玉県生まれ。昭和女子大学卒業後、ニューヨーク市立クイーンズカレッジ大学院にてカウンセリングで修士課程修了。39歳のとき『女が家を買うとき』(文藝春秋)で作家デビュー。3作目の『クロワッサン症候群』はベストセラーとなり流行語に。一貫して「女性ひとりの生き方」をテーマに執筆、講演活動を行っている。NPO法人SSS(スリーエス)ネットワーク代表理事。著書に『「ひとりの老後」はこわくない』(PHP研究所)、『老後ひとりぼっち』、『長生き地獄』(以上、SBクリエイティブ)など多数。最新刊は『母の老い方観察記録』(海竜社)