すぐに猫たちを連れて近所の動物病院でワクチン注射を打ってもらった。すると病院の床にあちこちぶつかりながらヨタヨタと歩く白黒の子猫がいた。
「先生、これは?」と聞くと獣医師は「持っていく?」と言って、山本さんの2匹の猫が入っていたボストンバッグにその猫も押し込んだのだ。
「その子は全盲で保護された猫で、大きな緑色の目が愛くるしかったんです。先生によると保護したのは、大塚の北口にある有名なおにぎり専門店『ぼんご』のおかみさんでした」
翌日、山本さんは小柄で大きな声の持ち主、右近由美子さん(66)に挨拶へ行った。
事情を聞くと、右近さんが夜中に仕事を終えた帰り道、都電の線路から小さな鳴き声が聞こえてきて、トボトボ歩く猫に気づいたのだという。
「それだけだとよくある話じゃないですか。捨てられたかわいそうな猫を拾う話。でも、そんな単純な話じゃなかった。彼女は大塚駅周辺の地域猫の不妊手術をするために一生懸命働いてお金を貯めて自己負担で手術を受けさせていた。ああ、そういう世界があるんだ、と気がつきました」
30頭の動物との生活
それから、山本さんと右近さんは地域猫の過剰繁殖を抑えるために行動をともにするようになり、ほかにも仲間が増えていった。
地域猫は、過剰繁殖が問題視されている。だから、地域で計画的に不妊去勢手術をする必要がある。
この仲間との出会いが、山本さんにとっての原点だった。
「右近さんがいなければ、地域猫の存在も知らないままで、きっと猫の保護活動も始めていなかったでしょうね」
2000年、山本さんは母親の介護と仕事を両立させるためにルーフバルコニー付き4階建ての家を建てることを決意。すると、事態は大きく動き始める。
「友達が“あなた家あるんだから猫の保護できるでしょ?”と言うんです。里親が見つかるまでの間でいいから、外で行き倒れていたから、治療する間だけ、などと言って次々連れてくる。あっという間に、犬、猫、たぬき、アライグマとなんだかんだで30頭になっていました」
それでも不思議と大変だとは思わなかったと山本さん。
「動物だらけで、とてもベッドや布団では寝られないから、寝袋にくるまっていろんな場所で寝ていました。具合の悪い子がいるとそのそばで寝たり。アウトドア店でいちばん安い寝袋を買おうとしたら店のおじさんに、“お姉さん、この寝袋に冬山なんかで寝たら死ぬよ”なんて言われて。“大丈夫です、家の中なんで”と答えてましたね(笑)。