前出の右近さんは、猫屋敷さながらの新居に驚いた。
「2、3階は全部猫で埋め尽くされていました。屋上には一面に網が張られていて、猫を日向ぼっこさせていたんですよ」
その当時、右近さんは下半身麻痺の黒猫を拾ったことがあったという。
「動物病院に連れて行くと、お医者さんが“もし飼えないなら安楽死という手もありますよ”と言うんです。何日も悩んだけど答えが出ないので、山本さんに相談してみたら“右近さんは助けたいんですか? 助けたくないんですか?”と。
“もちろん助けたい。でも、排泄ができないとなると手がかかるし……”と答えに詰まる私に山本さんは、“じゃあ、私が病院で排泄の勉強をしてきます。それで面倒みましょうよ”と言ったんです」
右近さんは「山本さんは変わっている」と言う。
「彼女は物事を面倒くさく考えない。スポンと割り切るんですよ。このとき、すでに彼女は猫の保護を仕事にしようと思っていたみたいですね」
猫を不幸にしないシステム
山本さんは、動物だらけの家に住みながら、このままでは先がないな、と思い始めていた。そこで、既存の保護団体について調べるようになる。
「いろんな保護団体を訪ねて現場の話を聞くうちに、まったく芳しくない事情がわかってきた。財産を持ってないとできないような活動だったんですね。これは私にはできないなとも思いました」
さらに探っていくと、海外の本『シェルター・メディスン』に出会う。これは欧米の保護動物シェルターの管理運営方法についてのハウツー本。そこには、保護団体を運営してくためには、報酬を生み出していく必要があるとはっきり書かれていた。
「その本を知り合いの女性の獣医師さんと少しずつ訳してみたら、大赤字にならない運営を続けるための仕組みは、不妊去勢手術だとわかった。その病院を持つことが運営の肝だと理解できたんです」
病院でケアをし、手術をする費用をちゃんと里親に請求する。拾ったとしてもかかってしまう費用である。その費用は保護団体から譲渡してもらうときにも必要なのだという認識があれば、運営費に回すことができるではないか。
山本さんは試算をしていくうち、あることに気がつく。
「この仕事は愛情に頼るボランティアではなく実は“物流”に近いものだったんです」
保護猫の譲渡で人気があるのは、やはり子猫だ。つまり、小さいときに手術をするのがポイントなのだ。欧米では常識だが、日本では拾っても手術をせずに飼ってしまう人が多かった。結果、望まぬ繁殖が起きていた経緯がある。
「獣医師を入れて手術をすれば、言葉は悪いんですが、“製品”のように出せるわけですね。するとちゃんとお金もいただける」(山本さん)
獣医師を内部に取り込めば、自分たちでも運営できる。
「鮮度を落とさずにメンタルもよい状態にして、もらいたい人につなげるのが私たちの仕事、もらわれるまでの流通を確立すれば、猫は決して不幸にはならない。そんなシステムが必要だと思いました」