「病院のベッドで添い寝をしていた目の前で娘は吐血し、出血箇所の確認のため口腔内に管を入れることになりました。検査を嫌がって泣く娘に、私が『妙ちゃん、がまんして、ごっくん』と呼びかけると、私を見て管を飲み込みました。それが最後の意思疎通でした。そのまま意識がなくなり旅立ちました」
岐阜市在住の可児佳代さん(65)は、2001年2月に娘の妙子さんが18歳2か月の短い生涯を閉じたときの様子を涙ながらに語った。妙子さんの死因は、母親の佳代さんが妊娠初期に風疹にかかったことで患った先天性の心臓疾患によるものだった。
その風疹が昨年来、国内で流行している。'18年の風疹患者の報告数は2917人。この数字は感染症法改正で風疹患者の全数届け出が開始された'08年以降では'13年の1万4344人に次いで2番目に多い。そして今年に入ってもすでに6月12日時点で、1718人の風疹患者が報告されている。最近ではタレントの池田エライザがかかったことで話題になった。
まさか障害が3つも……
風疹は風疹ウイルスに感染することで起こる。感染から2~3週間の潜伏期間を経て首や後頭部、耳の後ろのリンパ節が腫れ、その後、発熱とともに全身に赤い発疹が広がる。発熱・発疹は3~5日程度でおさまり、はしかに似た症状であることから、別名「三日ばしか」とも呼ばれる。
はしかは、ときに感染者を死に追いやることもあるが、風疹はそこまで症状が重くなることはない。
ただ、妊婦が妊娠初期20週までに感染すると、胎児にも風疹ウイルスが感染し、その結果、先天性の心臓疾患や難聴、白内障などの障害を有して新生児が出生する『先天性風疹症候群』(CRS)を引き起こす。亡くなった妙子さんも、まさに先天性風疹症候群の子どもとして生まれてきた。
「私は幼稚園のころ、全身に発疹が出て周囲から“ああ、三日ばしかだね”と言われた記憶があるのです。なので自分はすでに風疹にかかっていたと思い込んでいました」(可児さん)
22歳のときに結婚した可児さんは、結婚3年目から不妊治療を開始。その2年後に待望の妊娠が確認されるも、妊娠3か月目で流産した。その9か月後に発熱と発疹が現れ、近所の医療機関で風疹と診断される。ちょうど当時は風疹が流行していた時期だった。しかも、その直後から生理が遅れていることに気づいた。
「まさか、とは思いましたが妊娠していることが判明しました。当時はメディアで“妊娠中に風疹に感染したら、障害児が生まれるので妊娠はあきらめましょう”と堂々と言う時代でした」
苦悩の末、夫婦で産むことを決断した可児さん。生まれてきた妙子さんは2050gしかなく、そのまま小児病院へと救急搬送され、産婦人科を退院した2週間後にようやく対面を果たした。
「最初に気づいたのはなぜか瞳の色が黒くはなくグレーだったこと。生まれて3週間後には小児病院の主治医から先天性風疹症候群のため先天性白内障、高度難聴、心臓の障害があると告げられました。
妊娠中は、もし耳が聞こえなくても社会生活を送っている人はいる、目が見えなくとも一生懸命生きている人はいるとひとつひとつ不安を打ち消しながら過ごしていました。何か障害があっても、ひとつか2つくらいだろうと勝手に思い込んでいたのです。まさか3つもの障害を抱えて生まれてくるとは思いもしませんでした」