口達者な息子との議論

 ダウン症の娘を持つ難波訓美さん(46)はママ友のひとり。農業体験など行事が決まると、一緒に下見に行き、先方に「こういう子が来ます」と伝え、心構えをしてもらったと話す。

「友達みたいな親子ですよ」とママ友の難波さん 撮影/齋藤周造
「友達みたいな親子ですよ」とママ友の難波さん 撮影/齋藤周造
【写真】自転車、スイミング、一人での通学、何にでもチャレンジする幸男くん

「準備をしているときも喜ぶ子どもの顔を想像するのが楽しいんですよね。親は、子どもが人生を楽しく豊かに過ごすために、今をどう過ごすかですよね。面倒だと思って楽をすると一生、子どもが手から離れない。情報を待つ人もいますが、野澤さんは情報を与えに行くような、引っ張っていくタイプでしたね」

 これほど子育てに注力したにもかかわらず、みゆきさんは子どもたちに「勉強をしなさい」「いい成績を取りなさい」と言ったことはなかった、と紗也香さんは言う。

「テストの点数が悪くても怒らないんです。“必死にやったんでしょ? それならしかたない。どんな点数取ったって実力なんだから”って」

 子どもとの信頼関係を築くため、子どもたちとじっくり話し合うことも心がけた。

 紗也香さんが続ける。

「母はなんでも“どうして?”って聞くんです。××がしたいと言うと、どうして? あれが欲しいと言うと、どうして? って。めんどくさいなって思っていたけど、大人になると“理由”が大事なことがよくわかりました」

 小学生のとき、口達者な幸男くんが興奮しながら、みゆきさんに訴えたことがある。

「大人は嘘つきだ。学校の先生は、生徒が授業に遅れてきたらものすごく怒るのに、自分は平気で遅れてきて謝りもしないじゃないか」

 それを聞いたみゆきさんは、静かに説いた。

「盲学校では小・中・高・大学までの進路計画をたびたび書かされましたが、“本人の希望”と書き続けて。先生は困ってらしたけど(笑)」撮影/齋藤周造
「盲学校では小・中・高・大学までの進路計画をたびたび書かされましたが、“本人の希望”と書き続けて。先生は困ってらしたけど(笑)」撮影/齋藤周造

「あのね、お母さんが嘘をついたことあった?」

「ない……」

「お母さんは大人じゃないの?」

「大人だよ……」

「じゃあ“大人は”ってひとまとめにするのはやめて。嘘つきなのはその先生であって、大人全員じゃないよね?」

 一方で、パソコンに没頭する幸男くんを叱ったとき、言い負かされたこともある。

「サッカーやピアノならいくら練習しても怒られないのに、パソコンだとどうして怒られるの? 僕はパソコンを使って勉強しているんだよ!!」

 返事に詰まり納得したみゆきさんは、プログラミングに没頭するのを止めなくなった。

 幸男くんの才能が開花したのは13歳のころ。「後出しじゃんけん」というシステムをプログラミングコンテストに出品し、審査員特別賞を受賞した。

 みゆきさんの「教え」はたくさんある。いろんなところに行きなさい、誘いには乗りなさい、情報を集めなさい、健常者社会の中で将来、生きていくということを意識しなさい─こうした言葉が今、役に立っているから幸男くんは母のことを「大先生」と呼ぶ。