能力を引き出す介護へ
そして、グループホームの施設長になったのを機に、これまでの常識をひっくり返すような、新たな取り組みを始めた。
「利用者さんが夕飯のメニューを決め、食材を自分たちで買いに行く。包丁も使うし、煮炊きで火も使う。掃除や洗濯もする。できない部分を、職員が支援する。最初は世間から、“認知症の人に何もかもさせるなんて、虐待だ”って言われましたね」
それでも、方針を曲げなかった。利用者の変化が、「これでいい」と物語っていたからだ。
「誰だって、自分の能力が発揮できる環境に来たら、パッと顔が変わるでしょ。認知症の方も同じ。多くの高齢者施設では、能力維持のために、ゲームや頭の体操なんかをさせるけど、それより60年、70年と、生きるために続けてきた家事のほうが、身体が覚えている。わかりやすいんです」
2003年、現在勤務する大起エンゼルヘルプに入社後は、管轄するグループホームやデイサービスでも実践。
適切な支援をすることで、人形にご飯を食べさせていた人が、食事の支度ができるようになったり、言葉がまったく出なかった人が『故郷』を歌えるようになるなど、日常を取り戻していった。
利用者の家族は、口々に驚きの声を上げた。
「以前のお母さん(お父さん)の笑顔が戻った」
浅見京子さん(62)も、そう口にしたひとりだ。
「最初はホテルみたいに至れり尽くせりのホームに入居して、折り紙や歌、ネイルまで塗ってもらって1日を過ごしていました。でも、母が“このままじゃダメになる”と嫌がって。和田さんのところに移ってからは、家事をしながら、目に見えて活力を取り戻していきました」
浅見さんのお母様は、先月、93歳で旅立った。入居から7年後のことだという。
「母が旅立った今、娘として何ひとつ後悔がないのは、認知症になっても以前と変わらぬ日常の暮らしの中で、人生をまっとうしてもらえたからだと思います。職員のみなさんには、和田イズムが浸透していて、明るく寄り添い、本人が能力を発揮し、望む暮らしを続けるための支援に高いプロ意識を持っていました。心から感謝しています」
利用者に家事をさせることは、介護職員にとって大きな負担だ。自分たちでやったほうが、どれだけ効率的か。
それでも、和田イズムを受け継ぐのは─。
和田さんのもとで働く、滝子通一丁目福祉施設・施設長の井真治さん(51)が話す。
「和田はひと言で表現するなら、“大きな子ども”(笑)。思ったことはズバッと言うし、必要な改革に熱く突き進む。その人間性に魅かれて、和田の周りには、賛同する仲間が集まります。介護の知識と技術は、ずば抜けています。
利用者さんが生きていくエネルギーを、彼はしっかり見ていて、身体、脳、動く機能を点検して能力を引き出していく。これがダメなら、こっちと、引き出しの多さもケタ違いです。介護職として、一緒に働きたくなる人間なんです」
和田さんが管轄する施設では、日中は基本的に鍵をかけない。
「僕は決して施錠反対派ではないんです。認知症の方は、自分の意思は行動に移せても、やり遂げる力がない。監視下に置く必要があります。ただし、行動を制限するほどに、人として生きる姿は失われてしまう。僕の実践としては、できるだけ閉じ込めたくはない、ということです」