教員側の意見を反映させる機会が奪われている
そもそも学校に閑散期などあるのか? そう疑問を投げかけるのは、埼玉大学の高橋哲准教授(教育学)だ。
「先生たちは夏休みにも残業しているという実態がある。学校では突発的に保護者や生徒への対応を迫られることが多く、事前に忙しい時期とそうでもない時期の計画を立てるのは困難。本来、変形労働時間制を入れてはいけない職種なんです。また、有休取得さえ難しいほど多忙な先生たちが、そもそも休日をまとめ取りできるのかも疑問です。できたところで、1年の疲労を8月にまとめてとれますか? 人間の身体は、そんなふうにはできていません」
また、学校側に都合よく働かされることを防ぎ、先生たちを守るブレーキもない。
「民間企業で1年単位の変形労働時間制を導入するには、働く人の意見を反映させた協定を労使が合意して結び、それを労基署に届け出るなど、さまざまな手続きを踏む必要があります。しかし現在の法案では、これらの過程はすべてスキップできるとされている。労働当事者である教員側の意見を反映させる機会が奪われているのです」
校長や教育委員会のさじ加減ひとつで勝手に働き方を決められかねない。西村さんも「今まで以上に部活顧問を強制されやすくなるのでは?」と、恣意的運用を懸念する。
残業代というブレーキもきかない。公立校の教員は、月給の4%という教職調整額が支払われるかわりに、残業代は出ない仕組みになっているからだ。“定額働かせ放題”と呼ばれるゆえんだ。
「民間企業では『36協定』と呼ばれる労使の合意がなければ、社員に1日8時間以上の残業をさせることはできません。そして残業代を支払わなければならない。また、特別な事情があって労使の合意ある場合に限り最大で年720時間まで残業させることが認められていますが、これを超えたら罰則が科されます。一方、こうした長時間労働を防ぐブレーキが公立校の先生たちにはひとつもありません」
と、高橋准教授。そこへ変形労働時間制が加わると、暴走する可能性が。
「夏休みの休日まとめ取りだけでは長時間労働は減らせないため、文科省は対策として、時間外労働を規制するガイドラインを変形労働時間制と併せて入れると言っています。しかし、そもそもブレーキがないので、ガイドラインで認めている年最大720時間の残業をタダ働きさせてもいい仕組みとして機能するのではないか」(高橋准教授)