ミツバチの大量死を招くオオニコ農薬
グリホサートと同様に、世界の潮流とは裏腹に日本で規制緩和が進む農薬がある。ネオニコチノイド系農薬(ネオニコ農薬)だ。世界中でミツバチの大量死を引き起こした。
ネオニコ農薬とは、ニコチンと似た働きをする農薬との意味で、その特徴は「浸透性」にある。普通の農薬であれば、表面を洗うことで農薬を除去できるが、浸透性農薬の場合は内部にしみ込んでいるので洗っても落ちない。植物の種子をコーティングしたネオニコ農薬が種子から吸収され、樹液に侵入すると、その植物全体に毒性が回り、樹液を吸った昆虫にも影響がおよぶという。
そのためフランスでは、種子のコーティングによりヒマワリの花粉と蜜にネオニコ農薬が含まれ、それがミツバチの巣の崩壊を起こしたとして種子のコーティング処理を禁止している。
日本で初めてネオニコ農薬の危険性を指摘したのは群馬県の青山美子医師たちだ。松くい虫防除のために無人ヘリで農薬散布をしたあと、多くの人がめまいや震え、一時的な物忘れなどの中毒症状を示した。また、果物をたくさん食べた人なども同様の症状で同医師の病院を訪れた。
青山医師とともにネオニコ農薬による中毒症状について研究していた東京女子医科大学東医療センターの平久美子医師は、国産果物や茶を多めに摂取すると中毒症状に達し、手の震えや物忘れ、不整脈、食中毒を起こすと指摘、「日本の食品残留基準値が欧米に比べ“ケタはずれに高い”ことが問題」であるとした。
さらに東京都神経科学総合研究所の木村―黒田氏は、ネオニコ農薬が「胎児や小児などヒト発達期の脳の正常な発達に影響を与える」との研究論文を科学雑誌に発表している。
EUでは'04年ごろに、ミツバチの巣の崩壊がネオニコ農薬による種子コーティングが原因と特定され、種子のコーティング処理が禁止されるなどしてきたが、ミツバチの巣の崩壊は世界各地に広がっていった。日本でも'06年ごろから各地でミツバチの大量死が起こった。日本の場合、田んぼのカメムシ対策でネオニコ農薬が使われることが大きな原因だ。
'11年には国連環境計画(UNEP)が「世界の農産物の6割以上がハチによって受粉されている」「ミツバチなどの花粉媒介昆虫に有害な浸透性殺虫剤の使用を続ければ、花粉媒介生物に依存する推定2000種の花咲く植物が今後、数10年で絶滅する」との報告書を発表している。
日本では国立研究開発法人・森林総合研究所がUNEPの報告書を受けて「花粉を運ぶ昆虫などが日本の農業にもたらしている利益は、日本の農業産出額の8・3%、およそ4700億円に相当する」として、花粉媒介生物の減少は農業生産の減少や生産コストの増加に結びつくとの報告書をまとめている。
またEUは'13年、ネオニコ農薬3種の使用を2年間凍結するとともに、木村―黒田氏の論文を根拠にヒトへの影響を認めた。
アメリカでは「ミツバチは動植物への広範な影響の早期警戒指標である」との考えから、'14年に当時のオバマ大統領が花粉媒介生物保護のための特別委員会を設立、「国家花粉保健戦略」をまとめるとした。またアメリカ環境保護庁はネオニコ農薬に「ハチなどの昆虫に有害」との表示を義務づけた。
このように、世界が花粉媒介生物の保護のために、ネオニコ農薬の凍結などの対策を行っているのに対し、農林水産省は「ネオニコ農薬はイネのカメムシ防除には重要」「人や水生動物に対する毒性は弱い」との見解を変えていない。
イネのカメムシ対策は、カメムシが吸汁した米粒には黒い斑点が残り、この「斑点米」が1000粒に1粒まじると1等米、2粒以上だと2等米になり、60キログラムあたりの買い取り価格に1000円近い差がつくため、生産者は行政が発する「カメムシ注意報」に合わせて農薬をまく。しかし斑点米は「色彩選別機」で簡単に除去できるので「わざわざ農薬をまく必要はない」と、米の生産者は言う。
さらに農水省は、'13年にネオニコ農薬の基準を大幅に緩和、3ppmだったホウレンソウの残留基準値を40ppmに、0・02ppmだったカブの葉を40ppmに変えた。
基準値緩和に反対していた市民団体は「体重16キログラムの子どもがホウレンソウ40gを食べただけで急性中毒になる」と抗議したが、農水省は「農薬を使う以上、効果がないと意味がない」との考えを示している。
食べる側の意見を聞こうとしない。その姿勢を国が変えない限り、「食の安全」は脅かされるままだろう。
(執筆/上林裕子)
上林裕子 ◎フリージャーナリスト。北海道生まれ。業界専門誌を経て現在、ニュースサイト「ハーバービジネスオンライン」、「日刊ベリタ」などで執筆。食の安全をテーマに、生活者の視点から取材を続ける