また、「腫瘍マーカーが高かったのに、精密検査では結局何も異常が見つからない」という結果を手にしてもなお、「本当に自分はがんではないのか?」という不安感がぬぐえないまま病院を後にする方はたくさんいます。これが患者さんにとって日々の生活を脅かす、大きな心理的負担となってしまうこともあります。
中には、前立腺がんの「PSA」のように早期の段階で上昇するものもありますが、検診において使用すべきかどうか、という点においてはまだ議論の余地があり、市区町村の対策型検診への導入は推奨されていません(独自に実施している自治体はあります)。
以上のことから、腫瘍マーカーを検診で測定することで私たちが幸せになれる可能性は低い、と私は考えます。少なくとも、腫瘍マーカーを検診で測定したい、と考える方は、ここに挙げた多数のデメリットを、検診を受ける前に十分に理解しておく必要があるでしょう。
役に立つケースはごく限定的
では、そもそも腫瘍マーカーは、一体どういう目的で使用されているのでしょうか?
これはがんの種類によってさまざまですが、大きく分けると、「進行・再発がんに対する治療効果の判定」「がんの術後再発の発見」の2つがあります。
手術で切除ができないレベルまで進行したがんや、術後に再発したがんに対して抗がん剤治療(化学療法)などを行うと、当初上がっていた腫瘍マーカーの値が下がってきます。この変化を見ることで、抗がん剤の効果を推測することができます。これが、「治療効果の判定」です。
抗がん剤を使用しても腫瘍マーカーの数値が上がり続けるなら、「抗がん剤の効果が薄れているのではないか」と予想することができます。逆に低い値のままなら、「抗がん剤の効果が維持できているのではないか」と考えることができます。
もちろん、こうした治療効果の判定をする場合でも、身体診察やCT、MRI、PET等の画像検査を併用する必要があります。腫瘍マーカーの変化は「1つの目安」にすぎない、ということに注意が必要です。
また、がんの種類によっては、術後再発の発見に使用することも可能です。例えば胃がんや大腸がんは、術後再発の検索を目的として、腫瘍マーカーの「CEA」と「CA19-9」を、3カ月に1回といった比較的高頻度で測定することが推奨されています(「大腸癌治療ガイドライン2019年版」金原出版、「胃癌治療ガイドライン第5版」金原出版より)。
大腸がんの術後、定期的に血液検査で腫瘍マーカーを測定し、基準範囲を外れて上昇していれば、再発を疑って精密検査を行う、といったことが可能です(もちろん偽陽性、すなわち精密検査を行っても再発が確認されないケースもあります)。
一方、乳がんは、術後に定期的に腫瘍マーカーを測定することの意義に関して議論の余地があり、必ずしも推奨されてはいません。
腫瘍マーカーは、がんの種類によっても、患者さんの病状によっても、その扱いがまったく異なるということです。数値が上昇していたときの解釈にも、専門的な知識が必要です。
いずれにしても、腫瘍マーカーは、専門家の指示に従って「必要なシチュエーションでのみ測定すべきもの」と考えておくのがよいでしょう。
山本 健人(やまもと たけひと)◎医師 2010年京都大学医学部医学科卒業。神戸市立医療センター中央市民病院初期研修医、外科専攻医、田附興風会医学研究所北野病院消化器外科を経て、現在、京都大学大学院医学研究科博士課程在籍。専門は消化管外科。外科専門医、消化器病専門医、消化器外科専門医、感染症専門医、がん治療認定医など。「医師と患者の垣根をなくしたい」をモットーに、「外科医けいゆう」のペンネームで17年に医療情報サイト「外科医の視点」を開設。時事メディカル、看護roo!、ケアネットなどのウェブメディアで連載。Yahoo!ニュース個人オーサー。Twitter、Facebook、Instagramでも情報発信。各地で一般向けボランティア講演なども精力的に行っている。著書に『もう迷わない! 外科医けいゆう先生が贈る初期研修の知恵』(シービーアール)がある。