人は人の中で回復する
一方、服役後の出所者を支援しているNPO法人『マザーハウス』(東京都墨田区)も、性犯罪の加害者と接点を持つ。2019年夏、窃盗容疑で逮捕され、起訴猶予になった吉田克さん(仮名=40代)もそのひとり。過去に、迷惑防止条例違反や強制わいせつ罪で、何度も服役していた。
吉田さんは、強制わいせつのほかにも性犯罪を繰り返しており、性依存症に陥っている可能性がある。
マザーハウス理事長の五十嵐弘志さんは、吉田さんと毎日のようにLINEで連絡をとり、行動をチェック。さらに支援態勢を整備するため、生活保護や障害者、保健所などの担当者を集め、話し合っていた。
「連絡用にスマートフォンを渡すと、吉田さんはアダルト動画のサイトにアクセスして、架空請求にあってしまった」(五十嵐さん)
吉田さんが性犯罪で服役を繰り返している間にデジタル環境は様変わり。簡単に性的な画像を見られて、欲望を刺激する情報であふれている。そのため五十嵐さんらの働きかけで性依存症を治療するクリニックにつながった。
だが数か月後、女性の胸を触り、再犯してしまう。
「性依存症と診断されたのは受診したクリニックが初めて。何度も性犯罪を繰り返していたので警察や検察が問題視してもいいはずですが、今回の逮捕後も精神鑑定はありませんでした」
吉田さんは再度、刑務所に入る可能性があるが五十嵐さんは見捨てない。性依存症の人を支援するには長期的視点が必要だからだ。
「人は人のなかで回復します。人生を聞くところから依存症の回復が始まる。吉田さんは母親と同年代の女性スタッフがいると落ち着いた様子を見せていました。話を聞くと、彼は母子家庭育ち。ほかのきょうだいより手をかけてもらえなかったそうです。いまは苦しいかもしれませんが、いつ(NPOに)戻ってきてもいいんです」(五十嵐さん)
法務省も無策ではいられない。'04年11月に、奈良県奈良市で女子児童が殺害された事件をきっかけに、刑務所などでは、認知行動療法という心理療法をベースにした「性犯罪者処遇プログラム」を行っている。
性依存症を治療対象にする医療機関も出てきた。性暴力加害者を性依存症という医療の枠組みでとらえる医療機関のひとつが、榎本クリニック(東京都)だ。繰り返す加害行為を「衝動性で反復的な強迫的性行動」に位置づけし治療を行う。生活習慣を安定させ、再犯防止のため、よりよい人間関係を作り上げるためのコミュニケーションスキルのトレーニングも実施する。
「患者は逮捕起訴され刑事手続きの入り口段階の対象者が多い。家族や弁護士を通じて、問い合わせが多数あります」
こう話すのは同クリニックの精神保健福祉部長で、社会福祉士でもある、斉藤章佳さん。なぜ犯罪として刑罰を科すだけでなく、治療の対象となりうるのか?
「性嗜好障害という精神疾患の側面があると診断することで、家族の協力が得られますし、本人の理解が深まり、行動が変わるよう促しやすくなります」