父親の死から5年後の昨年11月、母親が急性脳梗塞で入院した。ひざの具合が悪化し、歩行困難になった。指にも力が入らないため、渡辺さんが野菜を切り、ペットボトルのふたを開けるのを手伝い、母親の介護が本格化した。
ここ10年、男手ひとつで介護を続けてきた渡辺さんだが、当初は悩みを打ち明けられる仲間が近くにいなかった。地域でつながりを持ちやすい女性とは異なり、男性介護者が陥りがちな孤立感にさいなまれた。
そんな中、認知症患者の介護者たちのつながりを通じて『荒川区男性介護の会「オヤジの会」』に入会した。悩みを共有できる会の存在に、自分の居場所をようやく見つけた気がした。
「女性が中心の会はどうも肩身が狭い。男性介護者が特殊扱いされます。ですが、ここは気取らず、ざっくばらんに話せるので精神的に楽です」
母親にトイレ介護を嫌がられる息子たち
渡辺さんのような男性介護者が今、日本社会で増え続けている。その数は100万人を超え、介護者全体の3分の1を占める。
男性介護者と聞くと、世間では介護殺人や高齢者虐待といったネガティブなイメージが連想されがちだ。しかし、取材を進めていくと、社会が彼らの立場を十分に理解していない実情も浮かび上がる。
渡辺さんは、男性介護者が抱える共通の悩みとして、こんな話をしてくれた。
「母親のトイレ介助を息子がやる場合は嫌がられることが多いです。娘だと恥ずかしくないようなんですけど。下着を買いに行くのも同じです。あとは料理。私は調理師だから特に問題ありませんが、普通は味つけが変わってケンカになったりします」
なかでも強調したいのは、仕事と介護の両立の問題だ。
「安倍政権が目指す“介護離職ゼロ”は理想論にすぎない。職場はどこもギリギリの人数で、介護休暇も認められているはずなのに、なかなか取れない。勤務時間を減らすこともできない。結局は辞めざるをえないのが現実です」
ひと昔前は、介護の担い手は女性だという認識が社会の側に定着していた。しかし、時代の移り変わりとともに、男性がその役割を果たす「男性介護者100万人の時代」に突入している。