介護ストレスが乳がんの原因
昨年10月には、これまでの経緯をつづったエッセイ『介護のうしろから「がん」が来た!』を出版した。
新しい情報を含めて発信することで、むやみにがんを怖がり、早期発見、早期治療の機会を逃して、命まで失ってしまうことを防ぎたいとの思いもあった。
手術から乳房再建に至るまで、同時進行の母の介護を交えて詳細に、かつユーモアたっぷりにつづっている。
編集を担当した集英社の平本千尋さん(38)は、「ユーモラスに書いて」と頼んだわけではなく、篠田さんの性格がそのまま文章ににじみ出ているのだと話す。
「お母さまが強烈な人なので、繊細な娘さんだったら心を病んでしまっていたかもしれません。逆に、篠田さんは何があっても“だって、しょうがないじゃん”と言えるような方だから、うまく付き合ってこられたのかなと思いますよ」
従姉妹の田中さんは篠田さんのことを「心の中にクッション材を入れているみたい」と表現する。
「おばさんが理解不能なわがままを言っても、“そうなんだべや”と流して、フワッと受け止めるんです。私もお年寄りの相手をすることが多いので、せっちゃんのまねをしたいなと思うけど、イラッとしちゃうこともあって(笑)」
母は老健からグループホームを経て、今は認知症病棟に入院中だ。在宅のときと比べて格段に楽になったとはいえ、今も週に2、3回は面会に行く。院内を歩かせたり、失禁して汚れた衣服を大量に持ち帰ったりしている。
長年にわたる介護のストレスが、乳がんの原因にもなったと思うかと聞いてみた。
「それは、確実ですね」
迷うことなく即答した。
「この前、母親を介護している女性作家の方から、髪の毛がものすごく抜けると聞いて、ああ、私も洗うたびに、お岩さんみたいに抜けていたという話で盛り上がった(笑)。年齢のせいだと思っていたけど、母が老健に入ったら全然抜けない(笑)。ストレスはこういう形で出てくるのですね」
介護する根底にはどんな感情があるのか。そう問うと、「ないっす。そんなもの」と笑い飛ばした。
「義務感です。浪花節じゃできないです。今の日本のシステムでは、何かあるとまず家族にお願いします、なんですよ。ほかに母を見る人がいないから、私がやるしかないでしょう」
現在、篠田さんは64歳。母に認知症の兆しが出てきた年齢まであと数年だ。何よりおそれているのは、自分が認知症になることだ。
「がんは余命宣告されてもラストが見えるじゃないですか。でも認知症はちょっと勘弁してほしい。娘がいないしね、私(笑)。たとえ娘がいても、子どもに同じ思いはさせたくない。ほとんどの人はそう感じていると思いますよ」
これから先、何が起こるかはわからないが、目の前の問題にひとつずつ対処していくだけだ。ケラケラ笑って、息抜きをしながら─。
取材・文/萩原絹代(はぎわらきぬよ) 大学卒業後、週刊誌の記者を経て、フリーのライターになる。'90年に渡米してニューヨークのビジュアルアート大学を卒業。'95年に帰国後は社会問題、教育、育児などをテーマに、週刊誌や月刊誌に寄稿。著書に『死ぬまで一人』がある