イタリアンレストラン、清澄白河フジマル醸造所(東京・清澄白河)のシェフ・甲山雄也さん(28)が話す。
「浅野さんは野菜の個性をよく知っていて、僕ら料理人とは別の視点で、思いもよらぬ素材との組み合わせを提案してくれます。中でも驚いたのは、自家製のベゴニアの花のジャム。鮮やかな赤色で、花の酸味が残っていて、肉料理と合わせたら絶品。こういう使い方もあるんだと、参考になりました」
俺、店のスタッフだと思っているから
成長途中の野菜や、花のつぼみも、今が旬と判断すれば収穫する。味はもちろん、料理として皿に盛ったときのビジュアルを考えてのことだ。甲山シェフが続ける。
「浅野さんには何センチサイズの葉野菜が欲しいとか、10円玉サイズの食用花が必要というように、具体的な大きさも発注できます。ぴったりのサイズが届くので、作りたいひと皿が完成します。これは、顔の見えない生産者さんではできないことです」
小ぶりの赤かぶやビーツを葉つきのまま皿にごろっとのせれば、美しさもひとしお。
理想のひと皿を作るために浅野さんは労を惜しまない。
「ふつうの農家は、野菜を“食べ物”として出荷するけど、俺は、自分の野菜がどう料理されて、どう盛りつけられるかまで考えて届けたい。色にもこだわるから、毎シーズン、パリやミラノのコレクションなんかもネットでチェックしてる。流行柄や流行色を参考にして、野菜や野菜の花を作るわけ」
なぜそこまでするのかと問えば、間髪入れずに答える。
「だって俺、店のスタッフだと思ってるから」
レストランの一員として、シェフの腕が鳴るような野菜を届ける。それがうれしいと言い切る。
佐藤シェフが話す。
「冬になると届く、寒じめのほうれん草の味の濃さといったら。あれ以上のものを食べたことはありません。お客様もよく知っていて、浅野さんの野菜を楽しみにしてます」
野菜にかける情熱は、70代になっても衰えるどころか増すばかり。この熱き魂を持つ、農家・浅野悦男は、どうやって誕生したのだろう。
「好きなことは、とことんやるけど、嫌いなことは見向きもしない。俺、昔っから、ひねくれもんだから(笑)」