大切な人を奪うのはコロナだけではない
“間接的被害者”を増やさないために今、できること

 現在パリ南の郊外、オルリー空港に近い街の友人宅に間借りしている富樫さん。そこで起きた“悲劇”を伝え、日本人に警告したいと、フェイスブックに投稿したものをここに掲載。医療が切迫したとき、起こることとは──。

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《平凡な日曜日(3月29日)の朝が訪れた。野鳥がさえずり、庭の隅に植わる桜の木の花のつぼみが五分咲きのままなのは気温が上がらないからだろう。コロナで引きこもってから2週間が経過した。交通量が激減したおかげで毎日青空が拝める。

 家主のレイモンは朝食の後ペダル運動を半時間ばかりやって汗を流し、大工仕事をするために着替えるところだ。今日から夏時間に変わったから睡眠が1時間減った。今日の昼は昨日の11時でまだ空腹を覚えない。それでも奥さんは毎日のルーティーンで昼食を作った。彼はまだ食欲がないというので2人で昼食を終わらせた。

 レイモンは気分が優れないので休む、とベッドにもどった。食器の洗い物をしていると「彼がおかしい!」と奥さんの大きな声に呼ばれた。居間にもどるとレイモンがガタガタ震えている。目が充血して真っ赤だ。体温を測ると37度5分。布団を重ねて横になり、われわれは救命救急センターに電話するか躊躇していた。新型コロナウイルスという言葉がネオンのように一瞬脳裏を照らした。

 どう考えても、3週間も家を出ていない彼が感染するのは考えにくい。1週間前の食料の買い出しは私と奥さんの2人だ。われわれは近くのスーパーマーケットに行くのにもマスクとゴム手袋で防備している。覚悟を決めて15番(フランスで救急車を呼ぶ緊急番号)を呼び出した。

 しばらくして応答があり、急いで最近郊外に新設された対ウイルス感染センターに連れてきてくれという。着いたところは急ごしらえの野戦病院のような体育館だった。出入りする人々は全身白装束マスクの異様な雰囲気だ。

 少し待たされ医師との面談が始まった。新型コロナ感染は考えられず、不整脈の兆候から急きょ救急車で総合病院に運ぶという展開になった。病院では人手不足のせいでパニックなのが見てとれる。救急患者はまずウイルス検査をすることが求められるのだ。結果は陰性だったが結果が出るまでに時間がかかりすぎて持病疾患への対応が遅れたのではないかと思っている。

 夜遅く医師からの電話で峠は今晩か明日だろうと告げられた。翌朝、看護師から連絡が入りレイモンは危篤だという。南仏から着く娘の到着まで持たせて欲しいと伝え、リヨン駅でTGVで着いた娘を車に乗せ総合病院に急ぐ。彼女は覚悟を決めていた。10年以上前に彼は心臓のバイパス手術を4か所おこない甲状腺も摘出したのだという。

 病院に着くとすでにほかの家族のいる緊急治療室に飛び込んだ。現状では新型コロナウイルス対策で院内には親族でも立ち入ることはできないが、残された家族3名だけは面会を許された。手を握ったレイモンの意識はなく、昏睡状態のまま家族は最後の面会をした。その間にも感染の疑いがある患者が運び込まれ、早々に追い出された。

 その日の夕方彼は息を引き取ったと医師から連絡が入った。最後の別れができたこのファミリーは恵まれていると言えよう。ブラネス レイモンは心筋梗塞腎臓障害で亡くなった。享年70歳。合掌。

 いまフランス全国では死に目にも会えず、葬儀にも立ち会えない多くの家族がいる。家族の希望で遺体は焼いて灰にして欲しいと葬儀屋に相談すると火葬場の約束がとれるのが15日後だそうだ。

 私がこのような劇的な3日間の舞台裏を書いたのは、日本にいる無神経な人々へフランスの現状を伝えたいからだ。レイモンは新型コロナ感染ではなかったが、彼のように間接的な被害者が多くいることを知って欲しい。外出せず家にこもることが自分にも他人にも最善のやり方だ。時間を稼ぐことで医療崩壊までの時間を遅らせ、効果のある治療薬の開発に間に合わせることができる。》

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 富樫さんが指摘するように、レイモンさんはウイルス検査のために治療が遅れ、結果的に心筋梗塞で命を奪われた。日本でも感染者が病院に殺到すれば「助かるはずの患者が命を落とす」事態が現実になるのだ。

(一部省略、文字使いなどの編集をしています)


富樫一紀さん 映画プロデューサーで、福島原発震災後も地元に住む子どもたちへの支援を目的とした仏NPO法人『ガンバロージャパン』代表も務める。

佐山さなえさん NPO法人『ミートマイママ』唯一の日本人シェフ。パリで料理学校の講師も務める。

(取材・文/蒔田稔)