「取れるものは全部取る!」という姿勢を崩さない
「お義父(とう)さんはお忘れではないですか? 智也さんが何をしでかしたのかを。結婚生活を破綻に追い込み、離婚せざるをえなくなったのは智也さんのせいなんですよ!」
寛子さんは力いっぱいの声量で言い返しました。息子の不倫という裏切りを棚に上げてどういうつもりなのか……。
「お義父さんやお義母(かあ)さんは私たちのことなんてどうでもいいと思っているようですね。それなら私も智也さんやお義父さんがどうなってもいい思うのは当然ですよ」と続けました。離婚が成立したのだから両家はもう関係ないと、「取れるものは全部取る!」と言わんばかりの義父母の厚顔無恥な振る舞いに対し、寛子さんも言葉を選ばずにぶつけたのです。しかし、義父は「300万円もの大金を融通したのに何の感謝もしていなかったのか!」と過去のことを蒸し返し、恨み節をぶつけてきたのです。
「300万円を貸したとおっしゃるのなら、お義父さんと私との間で『貸した、借りた』というやり取りが必要ですよね?」
筆者は事前に寛子さんに「奥さんがお義父さんから何も聞いていないのなら、そのことをはっきりさせるべきでは?」と耳打ちしておきました。寛子さんいわく「(義父に)300万円を出してもらった」と聞いたのは夫からです。直接、義父からは何も聞いていないそうです。もちろん、義父と夫との間でどのような会話があったのかは分かりません。夫に対して「いずれ返してもらうから」と言ったのなら、2人の間で借用の約束が交わされていたのかもしれませんが、寛子さんには関係のないことです。しかし、義父は「どうしても返さないのなら謝罪して許しを請うべきじゃないか」と食い下がったのです。
個人間の借金は契約から10年で時効になる
百歩譲って寛子さんが義父から300万円を「借りた」としましょう。「法律上、個人間の借金は契約から10年が経過すると時効により消滅しますよ(民法167条の1)」と筆者は寛子さんへ伝えました。寛子さんいわく借入の時期は自宅マンションを購入した10年前。そして10年間、義父が寛子さんに返済を求めることは一度もありませんでした。そのため、すでに時効期間が到来していると言っていいでしょう。そして『時効の援用』(もう時効なので請求しないでほしいという意思を伝える行為)によって義父の寛子さんに対する請求権は正式に消滅します(民法145条)。
そのことを踏まえた上で、寛子さんは心を鬼にして言い切ったのです。「お義父さんとはこの間まで身内でした。私もお義父さんと争いたくはないんです。もう手遅れなんですよ」と。それなのに義父は自分の立場を理解しようとせず、「借りた金を返さないなんて許されるわけがないだろ!」と声を荒げるばかりでしたが、寛子さんが時効を援用すると、義父は個人的な意見と法律の公式的な見解とどちらが優先するのを悟ったようでした。
しぶしぶ諦めた義父、義母は寛子さんへ今後一切、金銭を請求しないという書面に住所、名前を自筆し、拇印を押印させることに成功したのです。寛子さんはようやく胸をなでおろしたのですが、残念ながら悪夢には続きがありました。