火葬の最中、炎に包まれた祖母の遺体を目にした。
「“おばあちゃん、真っ黒やな〜”と思いましたね。後悔はしていませんが、別に見なくてもよかったなとも思うのが正直なところです」
世間の“死”に対する風潮の変化
在りし日の祖母の笑顔と同時にあの真っ黒な姿が今も記憶に残っているという。
「近年、火葬場は『斎場』と呼び名を変え、煙が出ない炉を設置しているところも多いですね。特に住宅地では、“死人を焼いた煙のにおいが洗濯物についた!”なんてクレームにつながりますから」
場所によっては、伝統的な宮型霊柩車が横付けするのを禁止する火葬場もあるそう。
それだけ現代人は『死』に対して敏感で、忌み嫌う。連想する物を徹底的に隠そうとする傾向がみられるのだ。
「大切な人を亡くしたら、遺骨や煙すらいとおしいと思うわけですが、他人の死となるとなかなか難しいですよね」
日々、死と接する火葬場職員。世にも奇妙な体験や怖い思いをしたことがあるのでは、と私たちは勘ぐるが……。
「怖いと思ったことはない」と下駄さんは語る。
「ご遺体は遺族にとっては精神的なよりどころとなっていますし、もし“出て”きたら“なにかこの世に伝えたいことがあるのでは”と考えます。そういった意味では、火葬場職員はご遺族だけでなく“亡くなった人がどうしたいか”と死者に寄り添う特殊な仕事かもしれませんね(笑)」
トラブルにならないために終活を
とはいえ死んでしまったら遺族に思いを伝えるのは難しい。終活は、ぬかりなく行いたいところだ。
「自分の宗教、宗派について家族や親戚に周知しておくことが最重要ですね。通常の葬儀とは違うイレギュラーなことを望むのであれば、伝えておいたほうがよいでしょう。遺産相続や葬儀の執り行い方など、準備が整わないうちに亡くなってしまうと、お葬式が思わぬ親類間の軋轢を生む場所になってしまいますから」
終活で余力があれば、火葬についても想像力をめぐらせたい。
「棺(ひつぎ)には故人にゆかりのあるものを入れてあげたいと望む遺族もいらっしゃいますが、実は入れてはいけないものも多い」
このような決まりは、遺骨を形よく焼き残すためのこと。
「特にメガネを棺に入れようとする方もいますが、もっとも避けるべきもの。火葬の際にガラスや金属が高温で溶けて第二頸椎(喉仏)についてしまうと、ほかの骨にへばりついてはずせなくなるんです」
過去に下駄さんが立ち会った葬儀では、メガネを棺に入れた遺族が「あんたが黙って入れたせいでお骨が台無しになった!」と終始、責められたという。
終活や人間関係の構築は火葬時のトラブルを回避し、最後、美しく見送ってもらうためにも欠かせない。
今年4月末より1か月以上かけて四国八十八か所のお遍路をしてきたことも下駄さんに影響を与えた。仕事を引退し、第二の人生としてお遍路さんをサポートしている人々との出会いがきっかけだ。
「心からお遍路さんを支えており、お金がすべてではない、という次元で生きていると感じました。その生き方は非常に“美しかった”。自分が高齢になったとき、そしてどう死ぬかを考えました。まるで仏様のような人々と出会い、私もそんな年の取り方がしたい、と思いましたね」
1万体以上の遺体を見送ってきた下駄さんがたどり着いた終着の形。まだ道半ば、これからも生と死を語り続ける。