「娘さんも納得の上で堕ろしたわけですよね! それなのに全面的にこっちが悪いだなんて言い過ぎなんじゃないか! そんなに堕ろしたくなければ、勝手に産めばよかったじゃないですか?」

 そんなふうに店長は逆ギレしてきたのですが、万が一、もし娘さんが店長の反対を押し切って出産に踏み切った場合、どうなるのでしょうか? 前述のとおり、中絶するには子の父親である店長の同意が必要ですが、逆に出産するのに店長の同意は不要です。なぜなら、店長の同意がなくても、時間が経過し、途中で何事も起こらなければ、無事、子どもは産まれてくるからです。つまり、出産するか否かを決めるのは店長ではなく娘さんです。

産んだ場合、男の負担は48倍

 法律上、父親は子どもに対して扶養義務を負っており、店長は子どもが成人するまでの間、養育費を支払わなければならないのです。例えば、母子家庭が受け取る養育費の平均は毎月約4万円なので(厚生労働省の平成28年度、全国母子世帯等調査結果報告)店長は合計で960万円(毎月4万円×20年)を支払うことが予想されます。一方、香澄さんが請求しているのは20万円ぽっきり。筆者は「産んだ場合、相手の負担は48倍です」と事前に計算し、香澄さんにアドバイスしておきました。そのことを踏まえた上で香澄さんは最後のメッセージを伝えたそうです。

「よくもそんなことを言えますね? 知ってます? 離婚じゃなくても養育費を払わないといけないのよ! 毎月4万円も……本当に産んだら、娘だけじゃなく、あなたも大変なの!!」と。

 どちらが金銭的に苦しいのか。今さら貧乏自慢をしても何の意味もありませんが、子どもをあきらめてくれて助かったのは、むしろ店長のほうです。香澄さんが必死の表情で訴えかけた結果、ようやく、そのことが伝わったのでしょうか。または引越業者のお兄さんにこれ以上、恥ずかしい話の数々を聞かれるのが堪えられなかったのか、はたまたお金を払わないと香澄さんが立ち去ってくれないと悟ったのかわかりませんが、最終的には店長が中絶費用を全額、支払うという約束を取り付けることができました。

 そして後日、中絶費用の23万円が娘さんの口座に振り込まれたようですが、当然といえば当然です。店長は「全額払うから堕ろしてくれ」という最初の約束を守っただけ。実際のところ、店長は一文無しではありません。調理師の専門学校を卒業し、今の会社に就職してから8年間。多少なりの退職金が懐に入ったのでしょうから。

 筆者は「少し落ち着いたら、水子の供養に行ってください。一番の被害者は胎児なので」と伝え、香澄さん親子とのやり取りを終えたのですが、2021年1月現在、娘さんはまだ休学中。このまま復学できず、中途退学せざるを得なくなると大変です。なぜなら、「大卒」の資格を得られないまま330万円の奨学金、80万円の教育ローンを返済しなければならないのだから。店長の軽すぎる行動により、何も悪くない娘さんの人生が台無しになる危機に直面しています。

 参考までに2020年の人工妊娠中絶件数は約14.5万件です(厚生労働省)。そして年齢別では20~24歳が全体の25%を占めています(約3.7万件)。これを多いととるか少ないととるかはあなた次第ですが、香澄さん親子の悲劇は決して稀有なケースではなく、毎年のように涙を流す母親「候補」がいるのは事実なので、他人事ではありません。


露木幸彦(つゆき・ゆきひこ)
1980年12月24日生まれ。國學院大學法学部卒。行政書士、ファイナンシャルプランナー。金融機関の融資担当時代は住宅ローンのトップセールス。男の離婚に特化して、行政書士事務所を開業。開業から6年間で有料相談件数7000件、公式サイト「離婚サポートnet」の会員数は6300人を突破し、業界で最大規模に成長させる。新聞やウェブメディアで執筆多数。著書に『男の離婚ケイカク クソ嫁からは逃げたもん勝ち なる早で! ! ! ! ! 慰謝料・親権・養育費・財産分与・不倫・調停』(主婦と生活社)など。
公式サイト http://www.tuyuki-office.jp/