失った自分の声が再びよみがえる
私たちが当たり前のように発している『声』。
だが、喉頭がんなどを患い、声帯や喉頭など摘出すると声が出せなくなってしまう。
摘出した後には食道を震わせて声を出す『食道発声法』や電動式の人工喉頭機器(EL)は顎や首の皮膚に棒状のマイクを押し当て声を発する。
しかし、ELの音声は抑揚がなく、機械的。使用時は片手が使えない不自由さもある。
そこで病気で失った声を取り戻すために、と研究を続ける若者たちがいる。東京大学の大学院生でつくる「Syrinx」だ。リーダーの竹内雅樹さんが取材に応じてくれた。
「講義などを通して声を失った人との出会い、声が人生でとても大切なものだということを教えてもらいました。それを最新技術によってよみがえらせることができるのを学び、こうした分野をやりたいと思って研究を続けていました」(竹内さん、以下同)
同大大学院に入学したときにたまたま喉頭を摘出した人が声を取り戻す訓練をしている動画を目にした。
「食道発声で発音をしている人でしたがスムーズに聞き取れなかった。何か技術で解決できないかと思いました」
その後、手術で声を失った人々が集うコミュニティーに参加、課題を尋ねた。
「ELを使うこともありますが聞き取りにくく、自分の声質とも遠いため筆談に頼る人も少なくありません」
多くの当事者がコミュニケーションに不便を感じていた。
そこで信号処理を取り入れたハンズフリー型の電気式人工喉頭機器の研究を開始。
「首元に装着し、のどを振動させることで口を動かすのと同時に声が出る仕組み。声は人の声から作っているのも特徴です。まだ抑揚もなく、ブーッという振動音があったり、声も機械音に近いです」
日常会話に困らない範囲までは研究が進んでいるという。
「使用者から公共の場で普通に会話ができる希望を感じた、と言われました」
従来の機器は男性の音質に合わせて作られているものが多かったため女性の声の音質で再現できるよう研究も続く。
さらに喉頭摘出前の自分の声をデータ化しておけば、自分自身の声を再び発することも可能だ。声帯を摘出せざるをえなかったシンガーや俳優など声を使う職業の人たちにも光が差し込む。
元シャ乱Qのつんく♂は喉頭がんでした。声帯や喉頭を摘出。「声を捨て、生きる道を選んだ」と発表。
「彼はミュージシャンとして自分の声には相当なこだわりを持っていると思うので、今の段階では安易に叶うとは言えません。ですが研究が進めば、声を失ったシンガーも自分の声で歌えるようになる可能性はあると思います」
声帯や喉頭を摘出する場合、声を失うか、手術をしないで命を失うかの選択を迫られることが多い。
「実用化はまだ先ですが声を失っても希望があり、日常生活で何不自由なく話すことができる社会を目指してこの機械の研究、開発を続けます」