妻の理解で全収入を研究費に
家森さんの昼ごはんは、いつも愛妻弁当だ。
「今日は、これですね」、スマホで撮った写真を見せてくれた。焼きサバ、煮豆、卵焼き、きのこ類、蒸しキャベツなど15~20品目。玄米ごはんにはとろろ昆布がのっていて、栄養バランス満点。実においしそうだ。
「お弁当は主人と2人分を、毎朝5時半に起きて作ります。それから30分、ウォーキングするのが日課です」
そう話すのは、妻の百合子さん。夫婦で歩くのかと聞けば、「一緒はダメ。自分のペースで歩かないと運動になりませんから」ときっぱり。
結婚から55年─。
夫婦は、人生の道のりも、自分のペースで歩いてきた。
家森さんが話す。
「家内には感謝しています。子どもたちを育て、父や母の介護も11年にわたってしてくれました。それもお医者さんしながら。おかげで私は、給料を全部、研究に使えました」
思わず、「全部!?」と聞き返すと、「えへへ」と照れ笑いを浮かべ、「事前調査の旅費など、お金はいくらでもかかりますから」と屈託ない。
驚くことに百合子さんも、「それが逆によかった」と、前向きにとらえているのだ。
「子育ては主人の母や私の母、お手伝いさんなど、6人の助っ人に協力をお願いして。たくさんの手で育てられたおかげで、子どもたちはいろんな経験をさせてもらいました。私自身も、お手伝いさんを雇うには勤務医のお給料では足りないので、休みの日は保健所や病院で健診のアルバイトをさせてもらい、多くの出会いに恵まれました」
中でも、先輩に教えてもらい参加した、ボイタ法の講習会では、「すごい衝撃を受け、これ絶対やりたい!」と心を揺さぶられたという。
ボイタ法は、当時ドイツから入ってきたばかりの脳性麻痺の運動障害に対する治療法。
小児科医の百合子さんは、この出会いを機にボイタ法の勉強と臨床経験を重ね、日本で第一人者となっている。
「本場のドイツで直接先生から指導を受けたいと、主人が共同研究でオランダに行くのに合わせ、2か月留学したこともあります。まだ小さい子どもを主人のお母さんに預けましたが、お母さんも主人も理解を示してくれて。ほんと、ありがたかったですね」
現在、百合子さんは開業医として発達障害児を対象に、リハビリを中心とした治療を行っている。その話題のなかで、「これ、自閉症のお子さんが撮った写真なんです」、1冊の写真集を取り出した。
百合子さんが話す間、ひと言も口をはさまなかった家森先生が、写真集をのぞき込む。
「自閉症の子は、いいところをクローズアップすることで、自己認識が変わる、つまり自信がつくんです」
百合子さんの説明を聞きながら、家森先生は写真をじっくり見て、時折「ほーう」と感心したり、「これなんかすごくいい」と、静かに感想を口にする。
その姿からは、言葉にしなくとも、妻の仕事への敬意が感じられた。
前出・長女の岩見美香さんが話す。
「きっと父は、好きなように泳がせてもらったんだと思います。母は、夫や父親の役割をいっさい求めませんでしたから。でも、母も子育てしながら、自分のやりたいことを貫いて、結果を出してきた。苦労して研究してきた父は、母の大変さを誰よりもわかっているんですね。お互いの仕事を認め合える、娘から見てもいい夫婦だと思います」