町の小さな書店はなぜ潰れるのか
書店の仕事にも慣れたころ、理不尽な制度に直面した。小学館から『人間まるわかりの動物占い』という本が'99年に刊行され、当時大ブームになった。「欲しい」という客が次々来店するが、注文を出してもほぼ入ってこない。大型書店には何十冊も平積みされているのに、おかしい。
二村さんは納得がいかず、問屋である取次に電話をした。押し問答したあげく、冷たく告げられた。
「ランク配本だから無理です」
取次では、大型書店から小さな書店まで月商でランク分けし、配本数を決めている。つまり、ランクが下の小さな書店には初めからほとんど入ってこない仕組みなのだ。
電話を切って悔し涙を流していると、父に一喝された。
「なに泣いてんねん。闘わなあかんやろ!」
二村さんは出版業界誌の編集長を呼んだ勉強会に参加し、懸命に窮状を訴えた。
すると数日後、手紙が届く。差出人は編集長の知人で当時、小学館の雑誌販売部長だった黒木重昭さん(78)だ。隆祥館書店は小さいが販売実績のある書店だと判断した黒木さんは、指定配本という別ルートを使って本を届けたそうだ。
「二村さんのことはまったく知らなかったけど、業界内の事情は見当がつくから本当に特例で。二村さんはどこでも何でも扉を叩く人だったので(笑)、たまたま叩いたところに、僕のような人間がいたということです。欲しい本がある都度、同じようにほかの出版社の扉も叩き続けたけど、なかなか開いてくれないところもあったと思いますよ。ほとんどの小さな書店は、最初から諦めているんじゃないですか」
実は黒木さんはそれ以前から、出版業界の未来を案じていた。「どこの書店が何をどれだけ売っているのか」データをとり、データに基づいて配本するように流通を改善しようと、ほかの出版社の仲間とも勉強会を重ねていた。
「ランク配本は取次の作業が楽になるだけで、弊害のほうが大きい。小さな書店はいくら努力しても報われないんです。こんな業界はもうダメだと思って子どもには書店を継がせないから、どんどん消えていく。特に地方では書店がある意味、町の文化的な広がりを担っている面があるので、悲しいですよ」
実際に、'99年に約2万2300軒あった書店は、'20年には約1万1000軒にまで減少。インターネットの普及やアマゾンの台頭など原因はほかにもあるが、ランク配本のせいでやる気を失った書店はたくさんあるに違いない。
IT化が進んでも、本の流通は驚くほど変わっていない。典型的な例を挙げよう。
'15年に『佐治敬三と開高健 最強のふたり』(北康利著)が出ると、二村さんは発売前から客にすすめまくった。店の顧客は6割が男性、しかも中小企業の経営者が多いため、サントリーを支えた2人の物語は共感を呼ぶのではないかと感じたのだ。
発売から数日後、出版元の講談社の担当者から電話があった。
「二村さん、隆祥館書店が販売日本一ですよ!」
たった13坪の書店が、千坪を超える数多の大型書店に勝ったのだ。その後も4週にわたって1位をキープし、計400冊を売った。
それだけの実績を挙げたので、5年後に同作が文庫化されたときは何冊配本されるか楽しみにしていた。だが、結果は、まさかのゼロだった。