作家と読者をつなぐイベント

「この作家さんに会うて、直接話を聞いてみたいわ」

 あるとき、常連客から言われ、二村さんは「これだ!」とひらめいた。

 アマゾンが本の通販だけでなく、電子書籍端末「キンドル」の販売も開始。書店の経営は苦しくなる一方で、何か手を打たないといけないと悩んでいた。

「ただのサイン会とも違う、作家が書ききれなかった思いを読者が聞ける場をつくろう。それはリアルの本屋でないとできないことだと思ったんですよ」

 父とは意見がぶつかりケンカになることも多かったが、イベントをやることは賛成してくれた。'92年に書店が入る建物を9階建てに建て替えており、上階のワンフロアを会場に使うことにした。

 そうして'11年から始めたのが「作家と読者の集い」だ。この10年間で開催した数は280回に及ぶ。有名作家から無名の新人まで多くの人が来てくれたが、二村さんが忘れがたいのは第2回。藤岡陽子さんのイベントだという。

「藤岡さんはどんな仕事でも、縁の下で頑張っている人に光を当てたいという話をされて。会場にいてる人も、身を乗り出して聞いてましたね。

 イベントの手伝いに藤岡さんの本『トライアウト』の営業担当の方が東京から来てくれたんですが、会が終わった後、“実は会社を辞めようと思ってたけど、今日の話を聞いて、辞めるのをやめました”と言ってくださって。私も、ものすごい勇気をもらったんですよ」

 イベントにどんな作家を招くのか。二村さんが決める基準は明確だ。

「ものすごくいい本に出会ったときは、本当に身体の中からね、グワーッとマグマみたいに湧き起こってくるんですよ。これは伝えなあかんっていう気持ちが」

 例えば、在宅での終末医療の現場を長年にわたって取材した『エンド・オブ・ライフ』(佐々涼子著)。最後まで家族と過ごした末期がんの若い母親など何人もの看取りの様子が書かれており、二村さんは読みながら何度も号泣した。こういう最後なら、死にゆく人にも希望を与えられると感じ、すぐ佐々さんにイベントへの登壇をお願いした。

 もともと病院での死に疑問を持っていたことも、背景にはある。常連客で看護師の飯田公子さん(61)に「必要以上の点滴をせず、枯れるように亡くなるほうが本人もつらくない」と聞き、“死の迎え方”を考えることは誰にとっても大事だと思っていた。

二村さんがおすすめした本を手に、常連客の飯田さんと 撮影/渡邉智裕
二村さんがおすすめした本を手に、常連客の飯田さんと 撮影/渡邉智裕
【写真】シンクロ日本代表メンバーだった若かりし頃の二村さん

 飯田さんは同書をはじめ、二村さんにすすめられた本はどれも感動的で、一気に読んだと話す。イベントにも何度か参加したが、母を介護中の飯田さんには、医師で作家の久坂部羊さんの話が興味深かったそうだ。

「『老乱』を読んで、認知症の人の気持ちが何でこんなに鮮明にわかるんだろうと思っていたんですが、患者さん本人が書いた日記を後から見せてもらったと聞いて、なるほどと。それから1週間もしないうちに、自分の母親に同じようなことが起きて、なんか小説の続きみたいだとびっくりしました」