父母の介護と書店存続の危機

 隆祥館書店が最大の危機に瀕したのは今から7年前、'15年のことだ。

 2月に父の善明さんが肺を患って逝去した。その前に母も脳梗塞で倒れており、父が亡くなる直前は、2人の介護に追われた。

「店の仕事もあるし、本も読まなあかん。でも、夜中は両親をトイレに連れていくでしょう。もう自分の身体が悲鳴を上げるような感じで、ドクドクドクと心臓の鼓動が速くなったりして。それが、父が亡くなって余計に余裕がなくなったんですよ。母に認知症の症状も出てきて、目を離せなくなって」

 介護に加え、二村さんを悩ませたのが書店の存続問題だ。建て替えたときの借金も残っており、心配した妹と弟に「ビルごと売ったらええやん」「1階だけコンビニにしたら」と口々に言われた。

「大型書店に比べたらすごく冷遇されているのに、何でこの本屋をやりたいんやろ」

 二村さんは眠れず、3日くらい考えた末に気づいた。

「自分はやっぱり、本を通じて、人とつながりたかったんや」

 2人にそう話すと、弟にはこんな条件を出された。

「3か月あげるわ。5月までに黒字にならへんかったら、続けるのはなしやで」

 それまで収支には波があり、父の亡くなった2月は赤字だった。

「結果を出さなあかん。イベントを増やすしかない」

 二村さんは毎週土曜日にイベントを開催した。夜を徹して本を読んで、作家に交渉して告知する。ろくに寝る間もない日々が続いた。

 そんな書店の状況を、歯科医の高山由希さん(58)は二村さんから聞いていた。あるとき高山さんが店に顔を出すと、二村さんの弟を見かけたので、こう話しかけたそうだ。

「ありがとうございます。私、近所に住んでいるんですけど、こういう本屋さんが1つあるかないかで全然違うので、すごく助かっています」

二村さんがおすすめした本を手に、常連客の高山さんと 撮影/渡邉智裕
二村さんがおすすめした本を手に、常連客の高山さんと 撮影/渡邉智裕
【写真】シンクロ日本代表メンバーだった若かりし頃の二村さん

 高山さんは10年来の常連だ。生前の善明さんのこともよく覚えていると言う。

「お父さんは物静かなんですけど包容力があって、そこにいらっしゃるだけで癒される感じの方でした。娘さんはもっと積極的です(笑)。これ、すごく勉強になるからとすすめられて、社会派の本もずいぶん読みました。『軌道 福知山線脱線事故JR西日本を変えた闘い』(松本創著)は、めちゃくちゃ感動しましたね。イベントには遺族会代表の方も来てくれて。JR西日本の安全政策まで変えた素晴らしい方やなと思って、あの方と同じ部屋にいられたことが、光栄でした」

 努力のかいがあって年間の決算も黒字になり、危機を脱した二村さん。開催頻度こそ落としたものの、その後もイベントには力を入れている。

 妹が途中で母の介護を代わってくれ、'16年に母は亡くなった。身体は楽になったはずなのに、ひとりで書店と借金を背負う重圧もあるせいか、たびたび心臓がおかしくなった。頻脈になったり、貧血になったり。3年前に手術を受け、ようやく症状が治まった。