「本は毒にも薬にもなる」
仕事と介護に追われ、睡眠不足でヘトヘトだったとき、二村さんを支えたのはシンクロだ。28歳のときにマスターズクラスのコーチを再開して以来、ずっと続けている。
「唇ヘルペスに2度もなって病院に行ったら、身体が悲鳴を上げてると言われました。でもね、そんな状態でもプールに向かうと元気になるんですよ。その時間だけは仕事のことも考えない。プールでは無になれるんです」
窮地に立たされるたびに心を奮い立たせてくれたのも、恩師の「自分で限界を決めるな」というメッセージだった。
「欲しい本が入ってこないとか、アマゾンという黒船が来たとか、これでもかー、これでも本屋をやめへんかーって試練が続くでしょう。“あー、もうあかんかなー”と思ったときに、後ろから井村先生の言葉がドーンときて、そのたびに何とか乗り越えられた。ずっと、そんな感じでしたね」
再び、闘わざるをえない事態に直面したのは、今から3年前だ。
取次から、差別を扇動するいわゆるヘイト本が何冊も送られてきたのだ。見計らい配本といって、書店が注文していない本が見本として送られてきて、即入金を請求される。本は基本的に委託販売なので、返本すれば後日返金されるが、小さな書店にとっては負担が大きい。
「本は薬にも毒にもなる。この本が売れるからといって、人を差別する本は売ったらあかん。本を商業主義の餌食にしたらあかんで」
父は常々そう口にし、差別を扇動する本は置かないことをポリシーにしていた。
そんな父の教えを守ってきた二村さんは、思い切って声を上げることにした。自分のためだけではない。疑問を抱きつつも、棚に並べている書店は多いのではないか。このまま偏った思想の本が一方的に日本中にばらまかれたら、本の信頼が損なわれると心配したからだ。
「欲しい本はこないのに、注文していない本はくる」
Facebookに詳細を投稿すると、週刊誌やウェブ媒体から原稿依頼がくるなど大きな反響があった。店に脅迫めいた電話がかかってきて「怖かった」と言うが、弁護士などが相談に乗ってくれた。