妄想、虐待、クセの強い住人たち

 そのマンションは1棟丸ごと母子生活支援施設であり、ほかの住人も田口さんと同じような状況が多かった。

 それぞれに事情がある母子が何組も住んでいるワケだが、彼らはかなり強いクセを持っていた。

「住み始めたら、すぐ隣の住人から“うるさい!!”と、猛烈な抗議を受けました。子どもも泣かさないように、なるべく音を立てないように生活していたんですが、隣からの抗議は止まらなかった。“室外機の音がうるさい!!”などと言っては、たびたび怒鳴り込んできましたね」

 ある日、田口さん親子は外泊をした。当然、部屋から物音はしないはず。しかし、それにもかかわらず隣人は職員に対して猛烈な抗議をしたという。

 抗議は段々ひどくなり、最終的には、

「隣人が電波攻撃をしかけてきている!!」

 と異常とも思える難癖をつけてきた。

 田口さんも疲れたが、それ以上にクレームに対応していた職員たちがノイローゼになった。また、子どもに対して虐待をする母親もいた。

「もちろん虐待があれば、職員が子どもを保護しますが、実際には、殴る蹴るの“暴力の現場”などを押さえない限り、児童相談所案件にはなりづらいんです」

 田口さんが知り合いになった20代前半の母親は、なにかあるたび実子のAちゃんにこう怒鳴りつけていた。

「おまえのせいで、私はお父さんと離婚したんだよ!! おまえなんか生まれてこなければよかったのに!」

 Aちゃんは母親から毎日恫喝され、常におびえていた。

「ある日、施設の共有スペースで、3家族でお茶をしました。その時、Aちゃんが飲んでいた自分のオレンジジュースを床にこぼしちゃって」

 母親は子どものミスを許さなかった。烈火のごとく怒鳴ろうとしたが、子どもはすでに姿を消していた。

「Aちゃん、カーテンの裏に隠れて震えていたんです。あまりの恐怖でオシッコをもらしていました。それを見てAちゃんママは“情けないやつ!!”って、ゲラゲラ笑ったんですよ。かわいそうで、とても見ていられなかった」

 虐待しているつもりはなくても結果的に、虐待になっているケースも。