旅情サスペンスには情報番組としての要素も入っていた
「1982年には東北新幹線が大宮―盛岡間で開通し、世間では温泉ブームも起こります。そういった世相とシンクロするように、ドラマにも“みちのく”“温泉”という要素が頻繁に入ってくるようになりました。1981年には『松本清張の山峡の章 みちのく偽装心中』というドラマが放送されていますね」
また、温泉ブームを受け、1982年には古谷一行と木の実ナナが主演の『混浴露天風呂連続殺人』という大ヒットシリーズもスタートした。
「同シリーズは、露天風呂で女性が胸を一切隠さずに登場するサービスショットもあり、男性視聴者からの人気も高かったようです。“湯けむり”という単語については1984年に放送された田中邦衛さん主演のドラマ『幽霊同窓会 少女誘拐!真犯人は同級生? 岩風呂の湯けむりに白い肌が…』が初出ですね」
女性の裸の露出も、当時の地上波ではさほど珍しくはなかった。お色気シーンを盛り込みやすい温泉ロケは、チャンネルを変えさせない戦略である“時間またぎ”にも使われるなど、2時間ドラマとの相性は抜群だったようだ。
「特に土曜21時からの『土曜ワイド劇場』は、晩酌をしながら野球中継を見ていたお父さん世代を取り込みたいという思惑もありました。その層を狙って、土ワイのドラマでは頻繁に“温泉”“湯けむり”“美女”といったワードが使われ、ときには“ヌードギャル”“美乳ギャル”といった言葉がタイトルに入ることもあったようです」
その戦略は功を奏した。関西地区での“2時間ドラマ”史上最高視聴率を叩き出したのは、1986年の『混浴風呂連続殺人 湯けむりに消えた女三人旅 田沢湖から乳頭温泉へ』で、36・3%を記録している。
「'80年代は愛人バンクやダブル不倫といったものが社会現象になっていて、そういった痴情のもつれによる殺人を描く舞台としても、温泉や観光地は親和性が高かったようです。インターネットがなかった時代、情報番組としての要素も入った旅情サスペンスは、こうして日本のテレビシーンに定着していきました」
ところが、時代が変われば視聴者のニーズも変化する。サスペンスドラマにも旅情と色気だけではなく、さまざまな多様性が求められる時代が訪れることとなった。
「もともと、『火曜サスペンス劇場』は家事を一段落させてくつろぐ主婦層がメインターゲット。当初から女性がより感情移入できるような人間ドラマを得意としていました。男女雇用機会均等法が成立した1985年ごろには、社会に呼応するように『女検事・霞夕子』『女弁護士・高林鮎子』『女監察医・室生亜季子』といった働く女性を強調したシリーズもののドラマを生み出し、見事にヒットさせています」
'90年代に入ると、2時間ドラマ主演俳優の世代交代が起こってくる。1978年に始まった人気シリーズ『女弁護士 朝吹里矢子』は1994年に十朱幸代から財前直見にバトンタッチし、『女検事・霞夕子』も、桃井かおりから鷲尾いさ子に受け継がれた。
「主演が美男美女や正統派のスターばかりではなくなっていったのもこの時期です。1993年の『刑事鬼貫八郎』では、強面で知られる大地康雄さんが主演を務めたり、1994年の『取調室』ではいかりや長介さんが抜擢されたりと、個性派俳優たちによって新たな主人公像が生み出されるようになりました」