まだまだ任せられないのよ
スタッフであり娘でもある麻衣さんは、こう断言する。
「母にとって何より優先すべきは動物ですから(笑)。うちは5人きょうだいで私は真ん中。私を含めて上3人は祖母に育てられたようなもの。でもまったく寂しさはありませんでしたね。
おばあちゃんが大好きだったし、近くに動物園のスタッフの社員寮があり、みなさんにかわいがってもらいましたから」
母に反発して家を離れ、口もきかなかった時期もあったという。
「私自身も離婚して幼子を抱えてここに戻ってきたときは、時給750円から働き始めました。娘だからと特別扱いはありません。それから15年以上働いていますが、最近ゾウを飼育することの責任をひしひしと感じています。
ゾウが天寿を全うするのは、50歳から60歳ぐらい。2019年にうちで生まれた、子ゾウのら夢が死ぬまで、私は生きていないでしょう。つまり次世代に継承していく必要がある。その覚悟がないと、ゾウって飼っちゃいけないんです」(麻衣さん)
継承は必ずしも家族でなくてもいいという。
「私は好きでこの仕事をしていますが、“継ぎなさい”と言われてできる仕事ではありません。家族だけでできる仕事でもない。ほんとに今まで多くの人に助けられてきました。そうそう、コロナ禍の閉園のときも布留川さんが母を説得してくれたんですよね」(麻衣さん)
柔和な笑顔で布留川さんは、小百合さんの不思議な魅力についてこう語る。
「外部の会合などでも、私はどちらかというと優しい言葉で話すのですが(笑)、小百合さんは歯に衣着せず、言うべきことをビシッと言う。それでも仲間が多く、みんなに慕われる。すごいなと思います」
余談だが、小百合さんは最初の夫の弟さんや、元彼のお母さんとも交流が続いたという。清濁併せ呑む度量の大きさと、困ったことがあるとすぐに誰かに相談するオープンな性格、そして何より、動物園事業に対する情熱が、「なんとか力になってあげたい」と周りに思わせるのだろう。
最近、新たに始めたことがある。
「『日本のぞうさんを幸せにする研究会』を設立しました。うちは、ゾウ使いがいて、ゾウとコミュニケーションをとってケアしているからこそ、ゾウが幸せに暮らし、子ゾウが何頭も生まれたのです。それは自信を持って言えます。
ゾウが幸せに暮らすためのノウハウをきちんとした形で発表するのがひとつの目的。そして一般の方々に、ゾウのことをもっと知ってもらい、ゾウを好きになってくださることを目標にしています」
リタイアは遠そうだ。麻衣さんも、うなずく。
「娘としては、安心してゆっくり暮らしてほしいという気持ちもありますが……。正直、あとは任せてください、と言える自信はまだないかな。うちは長寿家系で、曾祖母は104歳、祖母は96歳で天寿を全う。
母もバリバリ元気だし、あと15年ぐらいは大丈夫かなって思っています」
園内のタイ料理レストランで話を伺っている間も、小百合さんは店の細部に目を配る。
「麻衣、このティーカップの皿を、白ではなく緑に変えない?」「ほら、あの椅子だけ座布団がないわよ。ちゃんと敷いといて」。そして最後に、こう言って豪快に笑った。
「常にこうなのよ、まだまだ任せられないのよね」
〈取材・文/村瀬素子〉
村瀬素子(むらせ・もとこ)●映画会社、編集プロダクションを経て'95年よりフリーランス・ライターとして活動。女性誌を中心に、芸能人、アスリート、文化人などの人物インタビューのほか、映画、経済、健康などの分野で取材・執筆。
『市原ぞうの国』で7月12日と26日、ともに11時から「ゾウを学ぶ勉強会」を開催。ゾウの身体能力や知的能力など、ゾウについてあまり知られていないことを知るチャンスです。