コロナ禍がリセットのきっかけに

 新型コロナウイルスの猛威で見送ることになったのは、読み聞かせイベントとライブペインティングだ。イベント出演は、そらの重要な仕事のひとつでもある。

 子どもたちの情操教育と絵本市場の成長を目的に、道内で何度も絵本の読み聞かせイベントを開催してきた。市内中心地にある『ユニクロ札幌エスタ店』には、オープン時にそらによって描かれた絵が今も残っている。

 その場で描いて見せるパフォーマンスを積極的に仕掛けていたものの、立ちはだかった壁は高かった。リアルでのイベントが限られるようになると、ユーチューブ配信による告知や朗読を増やすようになった。

「仕事が大好きで、つい夢中になって寝食を忘れます。こないだまでは絵を描く場所のすぐ近くにベッドを置いていたくらい、生活と仕事の境界線がありませんでした。コロナ禍になって人と会いにくくなったのは残念ですけど、猛烈すぎた自分をリセットするきっかけになったとは思います。

 楽しく仕事していると、それで十分幸せだから、ごはんを作るのもおろそかになって……。当時はホリーという名前の犬を飼っていて、ペットのためにはちゃんと作るのに、私はバナナ1本で済ませていました(笑)」

自宅で保管している原画の一部。中央の絵は今年3月に亡くなった愛犬のホリー。(撮影/渡邉智裕)
自宅で保管している原画の一部。中央の絵は今年3月に亡くなった愛犬のホリー。(撮影/渡邉智裕)
【写真】そらが自宅で保管している原画、色とりどりの中に愛犬ホリーも

 ここ10年、彼女はとてつもない量の仕事をこなしている。か細い身体にどんなエネルギーが詰まっているのか不思議に思うほど、依頼を引き受け、プレゼンで案件を獲得していた。

 絵本作家としては『パンダ星』(学研プラス)ほか約30冊を上梓。イラスト執筆、メディア出演、イベント開催や広告案件など次々と仕事が舞い込む売れっ子も、やはり相当に疲弊していたという。

「もともとひきこもりタイプで、作業に熱中しやすいんです。家で仕事する間は、身体を壊しちゃうほど続けてしまいます。

 仕事の後、ホリーに遊んでもらって癒されていたのですが、今年3月に亡くなりました。誰にでも訪れる老いや病、死のリアリティーをホリーから教わって、もう少し“生活”をしようと思ったんです」

 今春に入ったころ、心境に変化があった。ちょっとした「ミニマリスト」を目指し、部屋の中のモノを処分するようになる。

 持っているだけで使わなくなった絵筆、倉庫代わりの一室に入れていた大量の資料を手放すと、部屋がひとつ、まるごと空いた。本誌の取材の途中で、少し狭いマンションへの引っ越しも済ませた。

普段使用している画材の一部。(撮影/渡邉智裕)
普段使用している画材の一部。(撮影/渡邉智裕)

 絵描きにとっては命よりも大切なはずの原画も、思い切って一部を処分した。さすがに周囲がそれを止め、原画のいくつかは知人に保管をゆだねているという。

 徹底してシンプルな生活を志すようになり、考え方もクリアになった。なにより断捨離でやるべきことが整理され、食事をていねいに作る時間が生まれた。

 かつて料理教室の先生をアルバイトでしていた経験があり、食には知見がある。北海道産の野菜を扱ったガイドブック『おいしい北海道やさい』(共著、キクロス出版)では、レシピも考案した。

 自炊の際、米は五分づき米を選び、精製された砂糖はできるだけ避けて、はちみつを使うようにしている。甘いものは控え、小腹がすいたときはナッツを食べる。

 それだけ気を使っても、忙殺されると完璧な食生活ができなくなる。忙しさは人間らしい暮らしを奪う。コロナ禍の到来と愛犬の死が、年中無休で走り続けたそらを救ったのかもしれない。

「そらさんは、北海道のために何かしたいという気持ちがとても強いと思います。朗らかでエネルギッシュ。怒る姿は見たことがないですが、企画の交渉では“お客様に伝えるにはこうしたほうがいいです”と、はっきり発言します。

 SNSにも力を入れていて、とても発信力が高い人だけど、地道な仕事もコツコツ進めることができる。たいへんな努力家ですね」(前出・林)

断捨離で一部を処分し、現在はiPadで絵を描くことも多い。(撮影/渡邉智裕)
断捨離で一部を処分し、現在はiPadで絵を描くことも多い。(撮影/渡邉智裕)