桜木紫乃らとのタッグ
'21年11月。1冊の絵本が道内で話題になった。そらが絵を担当した『サチコさんのドレス』(北海道新聞社)だ。テキストを手がけたのは、小説『ホテルローヤル』などの作品で知られる直木賞作家・桜木紫乃。互いに北海道在住のふたりが、ひょんなことからタッグを組むことになった。
「サチコさん」のモデルは、北海道で活躍するスタイリストの石切山祥子(いしきりやまきちこ)。桜木は、メディア出演があると石切山にスタイリングを依頼していた。
親交を深める中、桜木は石切山が車イスユーザーの女性向けにウエディングドレスを制作し、レンタルする活動を行っていると知らされる。桜木はそのときの衝撃をこう振り返った。
「ユーチューブで見たのが、車イスの女の子たちが美しくドレスアップして、颯爽とチャペルを進む姿だったのです。祥子さんはスタイリストの仕事で多忙な合間をぬって、夜中にドレスを作っていると聞いて頭が下がりました。
私には、ドレスを着ているみんなが自分の娘のように思えたんです。祥子さんもきっと彼女たちの笑顔を見たい一心で活動しているんだなと思いました」(桜木、以下同)
車イスユーザーのウエディングドレスに、健常者と同様の需要を見込めないのは言うまでもない。マーケットの発想ではなく、喜んでくれる誰かのために活動する石切山の姿に、桜木は突き動かされた。石切山の活動を絵本として表現することを思いつき、それに賛同したのが、北海道新聞社だった。
石切山は絵本化を快諾。作画担当には、長い友人である、そらの起用を思いついた。桜木も北海道で活躍するそらに絵を描いてもらうことを望んだ。
「普段はご自身で“作”と“絵”を担当するそらさんに、絵だけをお願いするのは失礼かもしれないとオファーのときは迷いましたが、そらさんは即答で引き受けてくださいました。なにより、お仕事が速いんです。
あっという間に水彩のすてきなサチコさんが描かれました。周りを明るくして、希望のある空気感をまとわせる、サチコさんらしさが表現されていて、すてきな絵になっていました」
桜木とそらは相性がいい──。石切山は、そう直感していた。それぞれに面識はなかったが、石切山はふたりのスタイリングを何度も引き受け、その人間性をよく知っていた。互いにクリエイティブで、女性らしさの中に強い芯がある。
それでいて思い切り繊細な部分も持ち合わせているふたりが仕事を共にしたら、これまでにない化学反応が生じ、オリジナリティーにあふれる絵本が完成するはずだと、石切山は確信した。
「実際にご紹介したら、思った以上に意気投合していて、私が驚きました(笑)。桜木さんや北海道新聞社で編集を担当する加藤敦さんと話し始めた段階から、今度の絵本はそらちゃんの絵がいいと思っていたんです」
'21年の春に企画された絵本が、その年の秋に発売されるというのは、類例を見ないほどのスピード刊行だ。とりわけ、絵本は関わる人が多く、数年をかけて新作を手がけることも珍しくない。そらは、後日談をこう語る。
「桜木先生のテキストを読んで、本当にフッと“水彩で描きたい”と思ったんです。そこから筆を進めていく作業では、確かに手が止まりませんでした。でも、私の仕事が速いというより、桜木先生の素晴らしいテキストがあったから、迷うことなく描けたのだと思います」