問題は強要される“奉仕の精神”
なぜ、このような状態になってしまうのか。再び田口さんに話を聞いた。
「まず“介護職の給料が安い”というのがいちばんの原因。私がいたときも、多くの人が年収200万円台で働いていました。キツイ・汚い・危険な労働のうえ、利用者側の問題もある。ホーム内で窃盗が起きる要因は、単純に貧困にあると思います」
ならば賃上げを要求したり、より給料のよい施設に移ろうとはしないのだろうか?
「もちろん、そういう人もいます。ただ介護業界内はある意味、“介護職は聖職”といった洗脳をする宗教団体のような雰囲気があります」
“お金のために働くなんてけしからん”“お年寄りの笑顔を給料だと思って奉仕せよ”。こんな考えが当たり前にまかり通っているゆがんだ業界なのかもと話す。
「ネットスラングで言うところの“嫌儲(お金儲けをよしとしないこと)”ですね。“介護業界がいかに素晴らしい聖職か”を示すような、介護者コンテストのような全国大会も開かれていて、参加者は笑顔で高齢者に奉仕を、とどんどん洗脳される。だから、賃上げなんて動きが出ると、自分たちで足を引っ張ってつぶしたりするんですよ」
“介護も賃上げが必要、などという考えは介護職にふさわしくない”といった考え方は、相当にブラックだ。
「営利目的の法人が介護業界に参入しただけで嫌われて差別的な対応を受けます」
“お金が目的ではない”“高齢者のために奉仕”というと立派に聞こえるが、介護職はボランティアではない。
年収が低ければ結婚も老後の蓄えをすることも難しい。キツイ仕事であるうえにお金を求めてはいけない。自分の生活が厳しくても、笑顔で働かなくてはならない。こうなったら職員側は疲弊してストレスフルになるだろう。それが虐待へのトリガーになってしまうのはもちろん許されることではないし、施設内で窃盗や虐待が常習化するなど、絶対にあってはならないことだろう。
なにより給料が安ければ優秀な人材が集まらないし、業界の空気が変革を許さなそうだ。しかし現状のおそろしい介護施設に自分の親を入居させるのはごめんだ。
「このままいくと第2次ベビーブーム世代が介護施設に入るころには、この業界が破綻しかねません。それを避けるためには、賃上げでいい人材を雇用するか、ロボットやAIを積極的に取り入れていくしかない。でもそれはそれで根強い反対もありそう」
今の介護業界の状況は、どこかで大きく舵を切る必要があるのではないだろうか。
〈取材・文/村田らむ〉ルポライター、イラストレーター、漫画家。ホームレスや生活保護、富士樹海や新興宗教など、マイノリティーな分野への潜入取材を得意とする。近著に『危険地帯潜入調査報告書 裏社会に存在する鉄の掟編』(竹書房)など。