『なぜ君』はこうして誕生した

 2022年11月末。東京・赤坂にある映像制作会社・ネツゲンの打ち合わせ室に、大島さんは現れた。やせ型でキリリとしたたいく。眼光は鋭く、父親の渚さんを思わせる風貌である。語り口は柔和だが時折、頑固そうな一面ものぞかせる。一見すると、気難しくて少し怖そうなタイプに見えるかもしれない。

 大島さんによると『なぜ君』が誕生したのは、妻のある言葉がきっかけ。大島さんの妻と小川氏は、香川県立高松高校の同級生だった。

「小川くんっていう、野球部でめちゃくちゃ勉強ができてさわやかな好青年が、東大を出て官僚やっとったんやけど、家族の猛反対を押し切って衆院選に出馬するんやって」

 そう妻から聞いて興味を持った大島さんは、'03年10月10日、カメラを持って高松を訪れ、小川氏と会ってみた。ちょっとした興味本位、妻の実家に寄ったついでもあった。

 大島さんが言う。

「実は政治家のドキュメンタリーはいつかやりたいとは思っていました。ただ、当時の私はテレビが主戦場でしたから、それをテレビで実現させるのは極めて難しいこともわかっていました」

 公平中立が求められるテレビでは、1人の政治家を単独で取り上げることは難しい。肩入れしているかのように映るおそれがあるからだ。そのため大島さんは、小川氏のほかに初出馬となる2人の候補者も取材。『ザ・ノンフィクション』で「地盤・看板・カバンなし 若手3候補者が見た夢と現実」というドキュメンタリー番組を制作した。

小川淳也氏を追い続けた『なぜ君は総理大臣になれないのか』(2020)(c)ネツゲン
小川淳也氏を追い続けた『なぜ君は総理大臣になれないのか』(2020)(c)ネツゲン
【写真】映画監督・大島渚さんを父に、女優の小山明子さんを母に持つ大島新さん(53)。幼き頃の家族写真。

「小川さんの第一印象ですか?あれだけまっすぐな人がいるのだろうかと最初は疑いましたよ。こんな青くさい人が魑魅魍魎(ちみもうりょう)の棲(す)む政界でやっていけるだろうか、と。(政治家になり)10年たっても青くさいんです。

 それも歯を食いしばって、あえて青くさくしているようなところがある。演じているわけじゃなくて“こうであらねばならぬ。変わってはならぬ”と、自分自身を必死で律しているようで、そこがまたおもしろい。小川さんは永田町でも変わり者扱いされています。修行僧と呼ばれたりね(笑)」

 と同時に、小川氏の優秀さにも興味を持った。

「例えば、ある本を読んだときに、その内容を要約して伝えるロジカル・シンキングのすごさが群を抜いている。しかもデータの数字が頭に入っているんです。さすが東大出て中央官庁だな、と。それでいて鼻持ちならない感じはまったくしないし、頭の良さをひけらかすこともない」

 大島さんは小川氏と親交を深め、年に数回会うようになる。時折、発表するあてもなく、カメラを回した。そして「社会をよくしたい」と愚直に語る小川氏の姿勢と、理想の政策を伝える説明能力の高さに触れて、だんだん「こういう人に政治を任せたい」と思うようになっていったという。

 東京で会う小川氏は、いくらでも政策の話をした。ところが地元で選挙戦となると、そんな時間はなくなる。ひたすら地元の有権者と握手をして回り、「どぶ板選挙」を地で行く日々。

 しかし、小川氏のように地元を駆けずり回る候補者がいる一方で、政界には、ほぼ選挙運動をしないでも勝てる候補者がいる。例えば安倍晋三元総理、小泉進次郎氏……。

「スタートラインが全然違う。これは一体、何なんだ?という思いが深まりましたね」

 '03年の衆院選は落選した小川氏だが、'05年の衆院選では比例代表で初当選を果たす。

 日頃から小川氏は「やるからには目標を高く、自らトップに立って国の舵(かじ)取りをしたい」と語っていた。トップとはつまり、総理大臣のことだ。そして'09年の衆院選で民主党が大勝し政権交代を果たすと、小川氏は目を輝かせながら「日本の政治は変わります。自分たちが変えます」と、意気揚々と話してみせた。

 しかし、「決められない政治」という批判が高まり民主党政権の支持率は低下、'12年の総選挙で大敗を喫し、自民党が政権与党の座に返り咲く。その後、'16年には民主党に維新の党が合流、民進党が結成された。

「'16年のある夜、小川さんと政治ジャーナリストの田ざき史郎さんらと会食していたんです。当時、安倍政権は盤石で民進党は全くダメで、小川さんは苦悩していました。とても政権交代を望めるような状態じゃないうえに、民進党の中でさえ自分は出世もしていないと」

理想と現実の間で苦悩する小川氏を率直に描く。『なぜ君は総理大臣になれないのか』(2020)(c)ネツゲン
理想と現実の間で苦悩する小川氏を率直に描く。『なぜ君は総理大臣になれないのか』(2020)(c)ネツゲン

 与党時代、あんなに揚々と「国の舵取りをしたい」と語っていた小川氏が、目の前で苦悶(くもん)の表情を浮かべている。

「そのときに、ふと小川さんのことを映画にしよう、と思いました。翌日、とりあえず企画書を書き始めたら、パッと電撃的に『なぜ君は総理大臣になれないのか』というタイトルが浮かんだんです」

『なぜ君』では、'17年の衆院選のもようも記録された。それは「民進党の希望の党への合流」というドタバタ劇に巻き込まれた、小川氏の悲愴(ひそう)感にあふれる選挙の記録だった。

 選挙戦の取材途中から、大島さんと長らくタッグを組んできた、カメラの高橋秀典さんが撮影に参加した。

「いきなり現場に放り込まれたんですが、大島さんと小川さんの関係が濃密だったんで、すんなり撮影に入れた。だから、通常ならありえない、奇跡のようなシーンも撮れました。でも、決して偶然ではないんです。大島さんが築いた小川さんとの信頼関係があったから撮影できたんですね」と、高橋さんは語る。

 刺激的なタイトル、選挙の裏側の生々しさ、そして敗れた候補者の悲愴さが描かれ、映画は大ヒット。監督した息子に、大島さんの母で女優の小山明子さんは、こう言ったという。

「あなた、本当に遅咲きね。50過ぎてようやくだもの。パパなんか20代から大注目の監督だったのにね」