母の依存症が関わる経緯に
「私の母は薬物依存患者でした。医療用のもので合法ではあるものの、鎮痛効果と多幸感、万能感は違法薬物に勝る部分もある難しいもので、母が依存症になるのに時間はかからなかった。幼少のころから母の依存症と戦いながら生きてきて、最後は命を落とした姿を見ているので、医者になった意義として、どこかで依存症の人たちと関わっていく医療ができたらというのはずっと考えていました。
ただ、依存症治療というのは精神科の領域なので、なかなか難しかった。刑務所で依存症患者と多く関わることができたとき、これで自分のこれまでやってきたこと、母のこと、なぜ医者になったか、いろんなことが初めてつながったなぁという気がしました」
最近は、受刑者たちの更生につながればと「笑いの体操」を指導しているというおおたわさん。「ホッホッハハハ」という掛け声に合わせて身体を動かし、文字どおり笑いながら運動するのだ。
「この体操を知った当初は私も半信半疑でしたが、疲れているときにやると嫌なことがバカらしく思えて、楽しい気分になってくる。笑うことで、人間の感情から離れた受刑者たちの更生の手助けになるのではと、提案してみたんです。
笑いながら罪を犯す人ってきっとそう多くない。笑うことを知らなかった、忘れていた彼らが、いつか出所したときに少しでもこの体操を思い出して、正しく生きる力になることを願っています」
塀の中も外も変わらない。そこには1人の医師として患者のことを思う、おおたわさんの姿があった。
『プリズン・ドクター』(新潮社刊 税込み968円)〈文身〉〈傷痕〉〈玉入れ〉などカルテに独特の項目はあれど、そこには切実に治療を必要とする人、純粋に医療と向き合える環境があった。医師人生を振り返りつつ、受刑者たちの健康と矯正教育の改善のために奮闘する日々を綴る。
(取材・文/片岡あけの)