田口さんは本作で、デイサービスを利用する患者を取材した。特養老人ホームでは重症度が高すぎるケースが多く、取材が難しいと感じたからだ。多くの患者に取材を進めるうち、なんと実父が認知症を発症してしまった。
久しぶりに対面した父親がホームレスのような姿に
「77歳の父とは別居でした。もともとアルコール依存症ぎみの父。幼いころからさんざん苦労させられてきました」
田口さんの父は大手マスコミで働いていたが、“昭和のマスコミ人”らしく、昼酒をあおることも多かった。帰宅した父は泥酔し、田口さんに暴力をふるった。
「高校に上がるくらいまでは殴る蹴るの暴力を受けていて、その後は疎遠にしていました。当時を知る人からは“よく縁を切らなかったね”と言われることも多いです」
医師からは常々“アルコールを毎日飲んでいると、脳が萎縮して認知症になるよ”と注意を受けていたが、それでも酒をやめなかった。定年後は学童指導員に再就職し、ごく最近まで働いていたのだ。
10年ほど前、田口さんに息子が生まれてから、親子の関係はやや回復していた。
「父はお金がなかったので、私にお金をせびりがてらよく遊びに来ました。息子がストックしていたお菓子を食べてしまい、ギャン泣きさせたことも。ただそれでも孫は可愛いらしく、よき祖父であろうとはしていましたね」
ある日、父は職場をクビになった。その事実が納得できなかった父は、そのままひきこもりに。田口さんに理由は知らされなかったが“就業中に酔って赤ら顔だった。認知機能も落ちていた”といった話を父の元同僚から聞いた。
「そうこうしているうち、父の電話が止められました。さすがに不安になったところで、父が家にやってきました」
久しぶりに対面した父親はヒゲぼうぼう。まるでホームレスのような姿だった。「電話が止まってもお父さんは来るから」。そう父は言ったが、放置するわけにもいかない。
「夏のある日、父の家を訪ねると、エアコンもない部屋の片隅にじっと座っていたんです」