「校舎の2階の窓からは当時、保護者が坂を上って来る様子を見ることができました。そこで創業者の高木が保護者と“合格だったらお酒を持って報告に、うまくいかなかった場合にはお菓子を持って2次試験対策の相談に来てほしい”という約束をしたのです。つまり、坂の上から見たとき、ひと目見て合格の報告なのか、2次試験の相談かを判別するため。事前にわかることで高木が面談に臨むうえでの心づもりができましたし、気持ちを楽にして訪れてもらえるようにと考えてのことでした。保護者も“落ちてしまった”と、あえて言葉にする必要もないですしね」
昨今は入試時期の変化などから、こうした“目印”の必要もなくなった。
「かつては1次試験から期間を空けて2次試験が行われていましたが、今は入試が連続して行われるようになったため“目印”としての役割はなくなり、合格報告のお酒だけが文化として残っているという状況です。受験校については、入試期間中に限らず、もっと前からいろいろと相談していく形になりました」
貰ったお酒はどうするの?
贈られた大量の日本酒はどうするのか。酒屋が買い取るといったネットの噂もあるけれど……。
「1本1本にお子さんのお名前と合格した学校名が書かれているお酒ですから、売るなんてことはありえません。各教室の講師や職員をはじめ、私のような広報部で子どもたちと直接は関われない本部職員も、子どもたちの合格の喜びを感じながら、大切に飲ませていただいています。
また、普段から子どもたちの通塾を見守ってくださっている方々にも、感謝の気持ちを込めてお届けしています。例えば、教室が入っているビルのほかの企業や近隣の方々、駅や交番など。合格酒ですから“縁起のよいものとして、お召し上がりください”と、お渡しております」
塾に通う子どもたちは小学生だ。トラブルに巻き込まれないよう、地域全体で注意深く見守ってもらうための気遣いや感謝を忘れない。
持参する保護者の中には、日本酒以外のお酒もあったりするの?
「基本的には日本酒が多いのですが、ワインやウイスキーなどもいただくことはあります。まれなケースだと、日本酒の一斗樽(いっとだる)を贈ってくださる方もいれば、入試を頑張った気持ちをどうしても伝えたいと子どもが自分のお小遣いから缶ビールを買ってくれたこともありました。ただ、これはあくまでお気持ちとしていただくものですので、決して強制しておりません。今は各教室で保護者の方々に向けてスタッフが、こういった文化があることや、その由来などをお伝えさせていただいています」
今年4月で創業71年を迎える日能研。長きにわたって続けられた文化には、こんな思いが込められていた。
「創業者の高木が込めたメッセージとは、合格したらお酒をいただきますが、それまでの相談などは手ぶらで気楽に来てほしいということ。授業料をいただいているわけですから、遠慮せずに来てほしいというのは、私たちも大切にしています。
伝統として定着していった中で、毎年ズラーっとお酒が並べられることで、それを見た6年生以下の子どもたちや保護者も“合格に向けて頑張ろう”と思いが高まる面もあるんですよ。そのため日能研では、今後もこの文化を大切にしていきたいと思っております」
ちなみに、日能研の職員は日本酒がお好きなの?
「私は、日能研に入社してから日本酒を飲めるようになりました。自宅に日本酒を持ち帰る職員もおりますが、会社のイベントで合格酒を飲むときは、子どもたちひとりひとりの頑張りを振り返り、来年も引き続き合格の支援を頑張っていこうと職員同士で話しています」
職員たちの喉を潤すその酒からは、連綿と積み重なった歴史が生みだす、しみじみとした味わいが広がって――。