特別なノウハウがあるわけじゃない
夏目さんたちの支援を受けて男性が病院を受診すると、発達障害と診断され、障害者手帳も取れた。障がいの特性もありコミュニケーションが苦手だったが、だんだん胸を張って、「いらっしゃいませ!」と大きな声を出せるようになったという。
「うちに何か特別なノウハウがあるわけじゃないですよ。ちゃんとその人の話を聞いて寄り添うくらいで」
転職を繰り返してきた人もいる。その人は従業員同士でいざこざがあると、たとえ自分は何もしていなくても「自分が悪い」と思い込み、そのたびに辞めていたそうだ。そこで夏目さんは「極端に自己否定しないことが採用の条件」と話し、同僚にその人の状況を伝えた。周囲の理解もあり、3年たった今ではフルタイムで働いている。
「ここだったら働けるんじゃないか」「ここだったらわかってもらえるんじゃないか」
そんな切実な思いを抱いた人からの問い合わせが引きも切らない。障がいの有無にかかわらず時給は愛知県の最低賃金1027円を保証しており、ハローワークに求人を出すと200人を超える応募がある。
「でも、うちも限界があるので、出会った順になっちゃう。だから会社をもっと大きくしなきゃいけないと思っているんですよ。今は、ようやくスタート地点に立ったかなという感じですね」
ぬれぎぬを着せられてクビを切られた父
夏目さんは愛知県豊橋市の生まれ。両親と3歳上の兄がいる。父は中学を卒業すると地元選出の国会議員の秘書になり、一家を支えていた。
夏目さんが3歳のとき、事件が起こる。ある日突然、「事務所のお金を使い込んだ」とぬれぎぬを着せられて、クビを切られたのだ。
「親父は潔白ですよ。でも豊橋は小さい町なんで、うわさはバーッと広まっちゃうし、保育園でも先生たちがいろいろ話しているのが、子どもながらにわかるんですよ。で、僕は毎日保育園で吐いていたんです。ストレス反応だったんでしょうね」
困窮した一家を助けてくれたのは近所の人たちだった。ご飯やおかずを毎日のように差し入れてくれたのだ。
その後、父親は市議会議員に立候補する。2回目の挑戦で初当選し、6期24年議員を務め、旭日小綬章を受章した。
受章の後、普段は寡黙な父親が初めて過去のことを詳しく話してくれた。久遠チョコレートを立ち上げる前だ。
「やっぱり世の中はまず強い者の声を聞く。でも、必ず声なき声はあるし、弱い者の声にちゃんと耳を傾けろって。僕にとっては原体験といえるかもしれないですね」
子どものころの夏目さんは負けず嫌いな反面、飽きっぽく何をやっても中途半端。せがんで買ってもらった教材なども長続きせず、ずっとコンプレックスだったという。
「だから、自分が20年間、こうやって雇用の場をつくろうと、ひとつのことをやり続けていることに自分が一番びっくりしています(笑)」