そして2人は当時4歳の楓花さんに、くらさんの秘密を打ち明けることに。その事実を知った彼女の反応は、意外なものだったという。
「僕が女であることよりも“自分だけ伝えてもらえていなかったこと”のほうがショックだったようで『なんでもっと早く言ってくれなかったの!? 私だけ仲間外れにしてずるい!』と怒りだしたんです。娘にとっては、僕が男だろうと女だろうと関係なかったんですよね。それからは、どんなことも3人の間で共有するようになりました」(くらさん)
価値観にとらわれない人が増えれば
そうして、ちさとさん母娘と一緒に過ごすうちに「愛するちさとと結婚して、楓花の父親になりたい」という思いが強くなったくらさん。現行の法律では同性婚は認められていないため、戸籍の性別変更を決めたという。
「くらさんが性別を変える前に3人で私の実家に行き、結婚の意向を両親に伝えました。実は両親ともに交際前から彼とは顔見知りで、くらさんが女性であることも私から伝えていたんです。ただ、母はいわゆる“オネエタレント”に苦手意識を持っているタイプの人だったので、結婚を許してくれるのかどうか、わかりませんでした」(ちさとさん)
くらさんが、緊張の面持ちで「娘さんと結婚させてください」と結婚を申し出ると、両親は微妙な表情……。そんな空気を打ち破ったのが、楓花さんだった。
「楓花が突然歩きだして、くらさんのひざの上にちょこんと座ったんです。両親は、楓花が彼を慕っている様子を見て『ダメとは言えないし、いいとも言えないけど……わかったよ』と言ってくれました。今では笑い話ですが、あのときは娘が前に進むための扉を開けてくれましたね」(ちさとさん)
谷藤家のキーパーソンは楓花さんにほかならない。無事に結婚の許しを得たくらさんはタイに飛び、性別適合手術を受けて子宮と乳腺を摘出。帰国後、医師から性同一性障害の診断を受けた後に戸籍を変更し、ちさとさんと結婚して楓花さんを養子に迎えたのだ。
現在、家族の日常をブログやSNSで発信しつつ、全国で講演も行っている谷藤夫妻。今後もさまざまな方法で多くの人と交流したい、と話す。
「メインのハウスクリーニング業は、くらさんの天職。チャッチャッと済ませるのではなく、時間はかかるけど、こまやかで丁寧な仕事をしています。お客さんも“元女性なので話しやすいし、安心してお願いできる”と話していました。また、彼は聞き上手なので、クリーニングが終わっても長時間話し込んでしまう方もいますね」(ちさとさん)
技術力はもちろん “元女性”という過去も強みになっているのだ。
「SNSや講演活動の目標は“娘のような人を増やす”こと。僕がいる環境で育った楓花は、生まれつきの性別にこだわることはなく、家族には愛情や思いやりが何より、という考え方が、自然と身についています。僕らの講演を聞いて、楓花のようにこれまでの価値観にとらわれない人が増えれば、より多くの人が生きやすくなるはず。手始めに47都道府県での講演を目指しています!」(くらさん)
家族の幸せのかたちに“決まり”はない。ハイブリッドな谷藤ファミリーから目が離せない!
取材・文/大貫未来
谷藤久良良さん 1978年生まれ。2015年に性別適合手術を受け、戸籍の性別を男性に変更。ちさとさんと結婚し、ステップファミリーに。現在はハウスクリーニング「にっこりピカリン」を経営。『超多様性トークショー!なれそめ』(NHK)に出演し話題に。ハウスクリーニングは「活動範囲は滋賀県大津市から100km圏内ですが、2月は東京のほうにも行きます!」とのこと。詳細は谷藤夫妻のSNSにて。
谷藤ちさとさん 1983年生まれ。パート先で出会ったくらさんと結婚。「にっこりピカリン」では広報を担当しつつ、ブログ『女×女×元女!?』やSNSにて谷藤家の日常を発信する。全国各地を飛び回り、夫婦ふたりで講演活動に励む。1月11日 岐阜県美濃加茂市、2月22日 東京都世田谷区で講演会を予定。