ウミガメの旅のように物語は悠久を旅する
表題作の『藍を継ぐ海』は、アカウミガメの産卵地である徳島の姫ヶ浦という漁村の話。中学生の少女・沙月が、未明に砂の中からアカウミガメの卵をとるところから、ストーリーは始まる。
孵化(ふか)した子ガメたちが一斉によちよちと海に向かっていき、波にのまれそうになりながら泳ぐ姿は、けなげだ。
子ガメは、黒潮に乗って太平洋を横断し、カリフォルニア沖で10年ほど過ごす。そして、海流を日本の海へとさかのぼり、さらに10年以上かけて大人のウミガメになると、メスは生まれた浜に戻ってきて、産卵するそうだ。
「ウミガメが、何十年もかけて長い距離を移動し、ちゃんと戻ってくるって不思議ですよね。体内に方位磁石を持っていて、方角がわかるからなんです。
僕は研究者時代、地磁気の研究をしていました。磁石のN極は北を向きますが、それは地球が大きな磁石になっているから。地球が出している磁気のことを、地磁気といいます。渡り鳥が渡ってくるのも、鳩の帰巣本能も、方角が正確にわかる磁気感覚があるから。産卵期に川に戻ってくる鮭も、ウミガメも地磁気を使って移動しています」
沙月は海岸で、散歩するカナダから来たネイティブ・アメリカンの青年と出会う。
「僕の好きな写真家でエッセイストの星野道夫さんが、“北米のネイティブ・アメリカンの言い伝えに、彼らの祖先は黒潮に乗って日本から来たというのがある”と書いています。海流を使うというのがいいですよね」
潮に乗り、ウミガメも人間も移動する。長い長い時間をかけて。
伊与原さんは、宇宙や天体が好きな子どもだった。高校生のときには、地球や惑星の勉強をして科学者になろうと思っていたそうだ。大学院修了後研究職を経て、作家としてデビューした。
「今も、科学者の人生が好きなんです。その世界が好きだというだけで研究をしているって、いいですよね。本書の物語を通して、彼らが見ている悠久の時間や自然、世界などに触れてほしい。それによって、世界が広がったり、豊かさを感じてもらえたらいいなと思います」
最近の伊与原さん
「最近、歴史が好きになりました。小説を書くためには、舞台になる土地の歴史や方言、産業なども調べます。科学のことは知っていても、陶芸のことやアイヌのことなど調べるほど面白く、興味を持つようになりました。
小説には、その土地の景色や文化なども書くようにしています。読んでくれた方が、そこに行ってみたいと思ってもらえたらうれしいです」
伊与原新(いよはら・しん)/1972年、大阪府生まれ。神戸大学理学部卒業後、東京大学大学院理学系研究科で地球惑星科学を専攻し、博士課程修了。大学勤務を経て、2010年『お台場アイランドベイビー』で横溝正史ミステリ大賞を受賞。2019年『月まで三キロ』で新田次郎賞など受賞。『八月の銀の雪』は、直木賞候補となり、2021年本屋大賞6位に入賞。他に『オオルリ流星群』『宙わたる教室』『ルカの方舟』『博物館のファントム』など。
取材・文/藤栩典子