見事な辣腕経営者ぶりと思いきや、鰺ヶ沢町観光協会副会長にして無報酬で菊谷さんのマネージャー役を務める“マイネジャ(津軽弁で駄目の意)”こと工藤健さん(49)は、
「お金的には決して恵まれている人じゃないし、経営者って感じでもないですね。言ってみれば、“規模の大きな駄菓子屋のおばちゃん”。かあさんって人がいいところがすごくあるので、自然に人が集まってくる感じなんです」
姉の文江さんも言う。
「妹が困ってると誰かしらが助けてくれるんだ。卵だって、キャベツだって、パンだって、みんな持ってきてくれて、それで不思議にも暮らしが立つんだわ」
とはいえ、工藤さんいわく、菊谷さんは“絶対に後には引かない。行くか戻るかじゃなくて、行くしかない人”。
わが子そっちのけで犬猫優先、映画の話が来ても躊躇しない女性との生活は、肉親にとっては痛し痒しの面もある。前出の長男・菊谷忠光さんが苦笑いしつつ言う。
「破天荒な母親ですよ。なんでこんなんだろうと。ほかの家っていいなあと思ったこと? そりゃ何回もありましたよ(笑)。正直、今もそう思ってます(笑)」
人間たちのそんな声を知ってか知らずか、菊谷さんとわさおは今日もまったり、マイペースだ。
毎朝8時、かあさんが運転する軽トラの荷台に乗って七里長浜きくや商店に出勤。隣にある犬小屋“わさおの家”で、奥さん犬のつばきとともにのんびり過ごす。
だが、そんなわさおが1度、菊谷さんに本気で怒ったことがある。それは2014年、菊谷さんが肺炎で入院したときのことだった。退院して帰ってきて、菊谷さんが“わさお、わさお!”と呼びかけても、やって来ようともしない。
「“俺のこと、捨てたんだろう!”って、散歩に行っても後ろ向きになって来ないの。だから“わさお、おまえを捨てたんじゃないんだよ。ばあちゃん、肺を悪くして入院していたんだよ”って。そう言って2週間ほど散歩させたら、ようやっと来るようになったな」
人間と犬の関係も、おそらく人と人の関係と変わらない。
怒って許して、またケンカして許す。それを繰り返しながらお互いの理解を深め、愛を深めていくのだろう。