虫の目で世界を見る行為をゆっくりと
家を背負うと横や後ろが見えないので、道路を歩くのは大変だったそうです。
「歩道のない道が多いのには、なんで車のほうがエラそうにしているんだと腹が立ちました。スピードが速いほうが偉いというのはどこか変ですよね。歩いて移動すると、そこで見たものはよく覚えているでしょう。
僕は子どものころから虫が好きで、セミが羽化するのを観察していました。セミは幼虫として何年も土の中にいて、地上に出てからは10日しか生きません。その時間の感覚がすごいと、虫の側に感情移入していました。いまでもそんな感覚を持っているのだと思います」
移動しながら生活する。村上さんのこの活動を見て、「旅をしている」と思う人は多いでしょう。でも、これは旅ではないのだ、と彼は言います。
「“旅”という言葉にしたとたんに、あっという間に陳腐なものになってしまう気がするんです。そういうふうに簡単に理解されてしまうことから逃れ続けたいと思っています。僕自身でも、わかりたくないところがあるんです」
移動している間、村上さんは家の絵を描いています。そして展覧会で、その絵と移動の記録を発表しました。
'15年6月からは2軒目の家をつくって、東日本から小豆島、熊本までを歩きました。翌年春からは3軒目にかわっています。
「庇(ひさし)を深くつくったら、雨除けの機能が上がりました。伝統的な建築の技術ってすごいんだと感心しましたね」
その後、村上さんは本書にも出てくる女性と結婚し、いまは長野県松本市に住んでいます。
「いまは家を置きっぱなしにしている時期と、家を背負って歩いている時期が交互にありますね。糸の縫い目に、表に出る部分と裏に隠れている部分があるように、両方が縫い合わされてひとつの継続的な営みになっていると思います」
3軒目の家は、いまは熊本に置かせてもらっているとのこと。震災から復興しつつある熊本から、村上さんが次の一歩を踏み出す日も近いかもしれません。
取材・文/南陀楼綾繁
<著者プロフィール>
むらかみ・さとし 1988年、東京都生まれ。美術家。'14年4月より発泡スチロール製の家に住む。著書『家をせおって歩く』(「たくさんのふしぎ」372号、福音館書店)。主な個展に「移住を生活する 1~182」('15)、グループ展に「瀬戸内国際芸術祭」('16)、「吉原芸術大サービス」('15)など。第19回岡本太郎現代芸術賞(TARO賞)受賞。村上さんの作品「清掃員村上」が、7月5日まで札幌大通地下ギャラリー500m美術館で展示中。
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