島がくれた「ブレない軸」

 42年、宮川さんとともに歩んできた妻のゆき乃さんは、こう振り返る。

「いろいろなことをやってきたようだけど、彼の中にはずっと1本貫いている軸がありました。信じてやり続けることで、それを理解して人が集まってきてくれるようになった。これからも思うままにやりきってほしい。子育て中はいろいろ大変なこともあったけど、この年齢になって振り返ってみると、私がこの島に来て彼のそばにいた意味がわかるようになりました」

 長女の空(くう)さんは、「家族らしくなったのはここ数年」と笑う。

「土日も夏休みも観光業はハイシーズン。父はほとんど家にいませんでした。3年前に私の娘、父にとっては初孫が生まれて、ずいぶん変わりましたね。スーパーに買い物に行くことなんて今までなかったのに、孫と2人でスーパーに行ってお菓子を買ってきたりするんですから(笑)」

 空さんの夫で、ともにコーヒーショップを営むサーファーの雄介さんも、「伝説のサーファー・ノリさんがこんなになるなんて、島の波動が変わるくらいの出来事です!」と言うほどだ。

孫と過ごすひとときは賢者のような雰囲気から一変して「おじいちゃん」の顔になる
孫と過ごすひとときは賢者のような雰囲気から一変して「おじいちゃん」の顔になる
【写真】宮川さんのサーフィン姿、「イルカ遊び」の様子、小笠原を訪れた窪塚洋介など

 宮川さんがずっと持ち続けてきた「軸」とはなんだったのだろうか。

「要するに、“絶対に人は美を求めて生きる”という信念なんです。人は困ったときは天に従おうぜっていうのが俺の提案。本当の自然に触れて、自分の中に起こることを感じれば、夢も希望もない社会に、夢と希望を与えることができる。そのきっかけとなるのが、この惑星、ボニンアイランドなんだと思っています」

 宮川さんは自然の翻訳者であり、案内人だ。ひとつひとつの命、ひとりひとりの価値観の違いをつなげ、世界を回す。波のいい日は海に出て波に乗り、父島の森を見回る。頼まれればガイドをし、林野庁や環境省との会議にも顔を出す。知り合いにサーフィンを教えることもあれば、撮影のコーディネートをすることもある。孫との散歩も楽しんでいる。

 そして今日もひとり、サーフボードを抱え、小さな惑星の波をとらえるため、海に出かけていく。

 

(取材・文/太田美由紀 撮影/伊藤和幸)

おおた・みゆき◎大阪府生まれ。フリーライター、編集者。育児、教育、福祉、医療など「生きる」を軸に多数の雑誌、書籍に関わる。取材対象は赤ちゃんからダライ・ラマ14世まで。取材で培った知識を生かし、2017年、保育士免許取得。NHK Eテレ『すくすく子育て』リサーチャー。家族は息子2人と猫のトラ。現在、初の著書執筆中