「こんなにホッとしたことはなかったです」

 がんの話はしにくいものだ。担当の医師にさえ本当の気持ちを言えない人も多い。ここは治療や検査を行う医療機関ではないので、医療の処置はしない。自分の力を導き出す力を与えるところなのだ。つまり、あなたが話したい話をよく聞いてくれる。一緒に考えるお手伝いをしてくれる。日本にはあるようでなかった場所ではないだろうか。

「病院の診察帰りに、なんだか、気持ちが沈んで家に帰れないと、ふらっといらっしゃる方もいますよ」と秋山さんは笑みを浮かべながら話す。

秋山正子さんは、家族の看取りをきっかけに、'90年代から訪問看護師として在宅ホスピスケアに取り組んできた。穏やかな話し方と温かなオーラで相談者を包み込む
秋山正子さんは、家族の看取りをきっかけに、'90年代から訪問看護師として在宅ホスピスケアに取り組んできた。穏やかな話し方と温かなオーラで相談者を包み込む
【写真】ひとりで泣けるトイレなど、マギーズ東京の施設内の様子

 また、自分ががんだということを家族に話せず、お正月に帰省したときに髪がウイッグだと見破られるのでは、という不安を話す人もいる。

 親の介護に子どもの受験、夫は単身赴任、そして自分はがんになったと話す女性に、秋山さんが「がんばってますね」と声をかけるとポロっと泣いた。お茶とおまんじゅうをすすめると、「おいしい~」と笑顔になり、「ずっと落ち着かなくて、こんなにホッとしたことはなかったです」と、暗い表情をしていたその女性が、明るくなって帰っていったということだ。

 ここはカルテもなければ、名前も聞かない。治療法もすすめない。ただ、一緒にお茶を飲みながら話を聞く。

 わたしが訪問したときは、大きな無垢(むく)の木のテーブルを囲み、2、3人の方がお茶とお菓子でくつろいでいた。別のソファでは、スタッフと利用者が楽しそうにしゃべっている。すべてが自然だ。これがマギーズの考え方なのである。

 マギーズ東京は平日10時から16時までオープン。利用料は無料。予約不要。運営は助成金と寄付で行われている。

 がんの悩みをひとりで抱えないで、マギーズにお茶をいただきに行きませんか。運河沿いの一軒家にいるだけで癒されるはずだ。

■マギーズ東京
東京都江東区豊洲6-4-18(ゆりかもめ「市場前」駅下車徒歩5分)
https://maggiestokyo.org/
※毎月第4土曜の13時~16時はオープンマギーズ(見学会)を行っています。

<プロフィール>
松原惇子(まつばら・じゅんこ)
1947年、埼玉県生まれ。昭和女子大学卒業後、ニューヨーク市立クイーンズカレッジ大学院にてカウンセリングで修士課程修了。39歳のとき『女が家を買うとき』(文藝春秋)で作家デビュー。3作目の『クロワッサン症候群』はベストセラーとなり流行語に。一貫して「女性ひとりの生き方」をテーマに執筆、講演活動を行っている。NPO法人SSS(スリーエス)ネットワーク代表理事。著書に『「ひとりの老後」はこわくない』(PHP研究所)、『老後ひとりぼっち』『長生き地獄』(以上、SBクリエイティブ)など多数。最新刊は『母の老い方観察記録』(海竜社)