前出・津田さんが話す。
「乳製品だけでなく、食用牛も磯沼牧場から仕入れてるけど、決して値引き交渉はしません。コストをかけた安全な牛だとわかっているし、何より、これだけ牛を大切に育てる牧場を応援したいからです」
ヨーグルト工房を作ったときの借金は完済したものの、「牛の楽園」を目指す磯沼さんである。牛の飲み水のための浄化槽や餌を保管するサイロの増築、牛舎の修繕など出費は尽きない。
「それでも牧場経営を続けるのは、なんというか、それが、ここに生まれた自分の役割だと思っているからですね」
「朝は6時から牛の搾乳と子牛の哺乳。7時から牛舎の掃除とコーヒーまき─」
1日の流れを問うと、すらすらと答える。
「仕事は夜の9時でおしまい。就寝は11時。そうそう、寝る前には、ビールね(笑)」
45年以上、休むことなく続けてきた仕事は、からだが覚えている。
「生き物が相手だから、休みはないなあ。しいて言えば、出張の日が休日がわりかな」
牧場をなくすわけにはいかない
66歳。長靴でずんずん歩く背中に、老いの兆しはないが、実は「おじいちゃん」。
「昨年、長女に娘が生まれてね、初孫。お宮参りしたり、これが、かわいくてねえ」
とたんに顔がほころぶ。
昨年は、おめでた続きで、次女・杏さんも結婚。婿養子をとり、牧場の跡継ぎになることが決まった。
その杏さんが振り返る。
「牧場の後を継ぐっていうことは、もれなく牛がついてくること(笑)。学生時代は悩みましたね。それでも、決心できたのは、大学時代に八王子の直営店でアルバイトをして、うちのミルクで作ったソフトクリームやヨーグルトを、お客様が喜んでくれる姿に触れられたからです。こんなに必要とされる牧場をなくすわけにはいかないって」
現在、杏さんは八王子の店舗の責任者として働くほか、ネット通販も担当。
SNSでもPRするなど、若い感性を取り入れ、売り上げは右肩上がりだという。
杏さんが続ける。
「父はこうと決めたら一直線。早い話が、ワンマンです。それでも、うちのスタッフは15年、20年と長く勤めてくれています。父の憎めない性格もあるけど、新しいアイデアの種をまいては夢中で形にする、その努力をわかってくれているのだと思います」
フリーバーンの飼育、コーヒーでの消臭、ヨーグルト作り─。
まいた種をひとつひとつ形にしてきた。