現在も、新しい種をまく。
「牛を見たり、触れることで人間の心は癒されるってことがあります。牛は仲間だからね。高齢者や子どもたち、心の病を抱える人なんかが牛とコミュニケーションをとれる、ケアファームの役割も担っていきたいですね」
牧場内には、スタッフと一緒に子牛を散歩させる子どもたちの姿があった。学校などにも牛や羊を貸し出しているという。
牛の種類も、現在の6種類から7種類に増やす予定だ。
「7種類になると、世界一、牛の種類が多い牧場になります。それぞれのミルクでヨーグルトを作ってもいいし、何より、たくさんの種類がいれば、地域のみなさんにも喜んでもらえますからね」
言葉の端々に、地域への思いがにじむ。
数年前からは、700坪の田畑用地を利用して、地域の人々と米作りも始めた。
「名づけて『磯沼牧場・田んぼの会』。田植えから収穫まで、みんなで協力してね。できた米は、分け合うんです」
無農薬で、コーヒーのたい肥を使って育てた米は、味も絶品。パリで開催された『東京オリンピック・パラリンピック2020ジャパンプレミアム』のPRイベントにも出品されたほどだ。
「これからも、地域の人たちの交流や学びの拠点として、より身近に、より楽しめる牧場にしていきたいですね。人間だけでなく、牛にとっても、穏やかに暮らせる場所であり続けたいと考えています。牛は、われわれ人間に命がけでミルクをくれる恩獣ですから」
磯沼さんが思いを語るその横で、牛たちがのんびりと草を食む。
人と牛が幸せになれるのどかな牧場の風景が、そこには広がっていた。
取材・文/中山み登り
なかやまみどり ルポライター。東京都生まれ。高齢化、子育て、働く母親の現状など現代社会が抱える問題を精力的に取材。主な著書に『自立した子に育てる』(PHP)『二度目の自分探し』(光文社文庫)など。高校生の娘を育てるシングルマザー