超人の意外な一面
エッセイを連載している最中、守村さんは1年分のスモークサーモンを自作することを思いつく。そこで、本州で唯一、鮭釣りができる木戸川に出向き、大きな出会いを果たした。後に釣りや竹竿作りの師匠となるアドバイザーの菅野利一さん(64)だ。
「シンの第一印象? 偏屈だし、すごい人見知りでね。俺が主催している釣りの会のメンバーと話すのも1年ぐらいかかったのかな。最初はすごい漫画を描く先生ってことを知らなくてね。あいつも“もう俺は漫画を描かねえ”って感じだったし。まあ、最初から先生然とした感じだったら絶対に付き合ってなかった」
そんな2人の距離が近づいたのは北海道への釣行。いろいろあって落ち込んでいた守村さんを「暗い顔したやつと一緒に釣りしてもつまらねぇ。帰るぞ」と本気で怒ったことがきっかけだと菅野さん。
「あいつは本気で人に怒られたことがなかったんだと思います。高校を出て漫画家になって、すぐに先生と呼ばれるようになって。私は船に酔いやすいので、フェリーに乗っているとき、デッキで風にあたってくるわとやつに告げたんです。そのとき、シンは“俺はやめとくわ。暗い海を見ていたら、ふっと飛び込みたくなるから”って」
フラットな関係性だからこそ、弱い部分を見せることができたのだろうか。渓流釣りに出かける際も、「熊が出たら怖いじゃん」と必ず菅野さんの後ろを歩くのだという。超人のような守村さんの意外な一面を垣間見た気がした。
2015年、漫画連載『新白河原人 ウーパ!』が始まった。ほぼノンフィクションのエッセイとは異なり、より広く山の暮らしを伝えるため多少のフィクションを交えたこの連載は、現在10巻分の単行本にまとまっている。エッセイ連載の途中から現在に至るまで、守村さんを担当してきたのは『モーニング』編集部の足達佳那子さんだ。
「漫画で伝えられる情報量なら、より多くの人に読んでいただけるんじゃないかと思ったんです。守村さんに相談したら、ちょうど漫画を描く気力が戻ってきていたので、ここだ! と思ってお願いしました」
この朗報を喜んだのは、前出の菅野さんだ。
「こいつは何か暗いものを抱えていると思っていたから、また漫画を描き始めると聞いてうれしくてね。シンのことは弟だと思っているから」