新白河に来て、『新白河原人』『ウーパ!』を発表して以降、守村さんは自身のフィールドを着々と広げている。北海道ではカヌー作りの天才に手ほどきを受け、自作のカヌーで大自然も巡った。
「机にかじりついていたころ、愛犬と一緒に川を旅するカヌーイストの野田知佑さんに憧れてね。若かったら、自作のシーカヤックで日本の沿岸を回りたかった」
漫画家になっていなかったら冒険家になりたかったという守村さん。『空白の五マイル』や『極夜行』で知られる角幡唯介さんがうらやましくてしかたがないという。地図的空白地帯を行く冒険家の名前が出たことで、ふと角幡さんの『新・冒険論』に出てくる脱システムという言葉が脳裏をかすめた。フィールドは違えど、守村さんもシステムの外側を歩むひとりに違いない。
「いい会社に入って、結婚して、ローンで家を買って。みんな、そういう常識に絡め取られているんだと思うよ。人は家1軒造れるんだと思えたら、材料費の150万円さえあれば家が建つからね。星野道夫が書いてたけど、アラスカと日本では幸せのスケールが全然違うって。どういうものさしを使うか、それってすごく大事なことだと思う」
作品のなかで伝えたいことはほぼ描ききったこと、守村さんに新たな創作意欲が生まれたことで、連載は咋年の11月に区切りを迎えた。還暦になった守村さんは、再び漫画家として描きたいものがあると語る。
前出の足達さんも次作を楽しみにしているという。
「漫画家さんにこんなことを言うのは何ですけど、守村さんは本当に絵がうまいんです。参考にしてもらいたいので、新人の作家さんにも守村さんの原稿を見てもらっていますね。ただ、守村さんはできあがった雑誌は見ないし、単行本になるときも一切、修正を加えない。今だけを見ている方なんです。だから、うっかり原稿を返却できない。焚きつけとかに使ってしまうので(笑)」
ビクともしなかった家
新白河に入植して6年がたった2011年3月11日、守村さんはチェーンソーを持って暖房用の薪を伐り出していた。キミさんが運んでくれたお茶を飲みつつ休憩していると、左右1メートルの振り幅で景色が揺れる。東日本大震災。
いち早くわれに返り、火の元を心配して母屋に駆け戻ったのはキミさんだ。しかし、守村さんが「森のなかで暮らすように」と設計した母屋は柱だらけで頑強なため、皿が2枚ほど割れた程度。
「驚いたのは丸太小屋。机の上にリールをひとつ置いておいたんだけど、それも落っこちていなくてね。基本的にビクともしなかったよ」