“舌清掃”が重大な疾患の予防につながる可能性
──東洋医学には、“ツボ押し”以外にどんなセルフケアがありますか?
例えば、インドの伝統医学『アーユルヴェーダ』の健康法のひとつに、舌に付着する舌苔(ぜったい)を取り除く“舌清掃”があります。番組で紹介したセルフケアは、1日2回、起床後すぐ(朝食前)と夕食のあとに、歯磨きをしてから舌専用ブラシなどで舌の掃除を行うものです。インドでは、お腹の不調を整えるなど健康維持によいとされ、古くから行われています。また最近では、口臭を予防する方法として欧米を中心に広く推奨されています。ちなみに、今回の取材をきっかけに、私も毎日行うようにしています。
──舌の掃除がお腹の不調に効くとは知りませんでした。科学的にわかっていることなのでしょうか?
実は、番組取材がスタートした当初は、お腹の不調を改善する可能性を示した先行研究は見つかったものの、改善のメカニズムについては、詳しく解明されていませんでした。そこで、番組で科学的な効果を確かめることができないかと思い、アーユルヴェーダの専門家と口腔(こうくう)学の専門家に協力して頂き、プロジェクトを立ち上げました。
まず、お腹の不調を訴える方々12名にご協力を頂き、専門家から舌清掃の指導を受けてもらいました。そして、4週間にわたって自宅で舌清掃を行ってもらい、口内フローラ(口の中の細菌の集まり)の変化を分析しました。その結果、ほとんどの方の口内フローラの環境が改善、つまり悪玉の細菌が減少しました。さらに、お腹の不調に関する自覚症状も同様に改善したことがわかったのです。専門家からは「舌清掃の健康効果を検証していく上で大きな意義をもつ」という評価をいただきました。
──舌の細菌や口内の環境が、お腹の不調と密接に関係していたなんてビックリですね。
口腔内の細菌と病気との関係は、いま世界で特にホットな医学研究テーマになっているんです。例えば、歯の表面だけでなく舌苔にもいる歯周病菌は、がんやアルツハイマー病を引き起こす原因のひとつであることがわかりつつあります。よって、今回取り上げた“舌清掃”は、お腹の不調だけでなく、こうした重大な疾患の予防につながる可能性もあると、専門家も注目しています。
──東洋医学に関する番組を制作するなかで、いちばん驚いたことは何でしょうか?
ディレクターとしてもっとも印象に残っているのは、米軍で行われている鍼灸治療の取材です。世界の科学の最先端をリードするアメリカのなかでも、特に先進的な研究姿勢で知られる米軍で東洋医学が行われているなんて、信じ難いものでした。しかし、米軍では鍼灸を科学的に検証し、効果が示された方法を積極的に実践していました。実際の治療現場も取材したのですが、確かに鍼灸は基地で働く人々にとって欠かせない治療法となっていたんです。
背景にあったのは、米軍のみならずアメリカ全体で大きな問題となっている『オピオイド(鎮痛薬)』の乱用です。全米での死者数が年間数万人以上と深刻化していることから、中毒症状を引き起こしやすい鎮痛薬をなるべく使わない代替手段として、鍼灸やヨガなどに注目が集まっているのです。こうした薬物を使わない治療法やセルフケアを積極的に取り入れていく動きは、風邪でも薬を求めてしまう私たち日本人にも今後、重要になってくると思います。