父親が死んだ血まみれの浴室を見ておきたいという娘、息子の自殺現場で大家に頭を下げ続ける母親、死後1か月以上の孤独死……。部屋に残された痕跡から故人の“想い”を悟ること。そして、遺族の激しい感情の揺れを受け止めること──。死の後始末をする清掃人として、「ご安心ください」と胸を張って言えるまでには、長い年月が必要だった。
事件現場清掃人・高江洲敦さん
東京の下町にある古いアパートの一室で孤独死が起きた。亡くなったのは62歳の男性。半年ほど前に職を失い、以来ほとんど6畳1間の自室にこもっていたらしい。たまたま部屋を訪れた元同僚が、玄関口で助けを求めるようにして倒れていた男性を発見し、警察に通報した。
「事件現場清掃人」である高江洲敦(たかえすあつし・49)は、アパートの大家さんから電話でこんな依頼を受けた。
「死後1か月たって見つかったようなんです。ご遺体の腐敗が進んでしまったためににおいが酷くて、一刻も早くにおいを消してほしいのです」
「ご安心ください。私が必ずきれいにして差し上げます」
高江洲が代表を務める「事件現場清掃会社」は、「特殊清掃」を専門に行う。主に自殺や孤独死があった場所で、消臭・消毒、虫の駆除、遺品整理、廃品・ゴミ処理、清掃・リフォームなどを行い、現状回復までを請け負っている。
2003年から3000件以上の現場に立ち会ってきた、いわば「事故物件」再生のプロフェッショナルなのだ。
病院で亡くなる場合と違い、冒頭のようなケースは「変死」扱いとなり、警察は死因を調べるために遺体を運び出す。
しかし、遺体から出た毛髪や体液などはそのまま現場に放置されるという。
高江洲は現場に到着すると、ドアを開けるとき「お疲れさまでした」と心の中で呼びかけ、故人と必ず向き合う。
「現場に入るたび、家の主であった方の人生を想像せずにはいられません。“大変な人生でしたね”そう話しかけながら、お清めをするんです。わけのわからない念仏を唱えるより少量の塩と酒を部屋に置いて故人をねぎらう。これが私の習慣になっています」
本来ならば、遺族が掃除をする役目を引き受けるべきだと思われるかもしれないが、孤独死の場合は身元が不明だったり、遺族がいても故人と疎遠だったことを理由に事後処理を断るケースが多い。