手軽に入手できる処方せんに問題が
総合病院の薬剤師として勤務経験のある宇多川さんは、世界に誇る日本の皆保険制度も、皮肉なことに多剤服用を生み出す一因だと話す。保険適用では一般的な処方薬の個人負担額が数百円程度と安く、患者の懐が痛まないからだ。
「高いものじゃないし、とりあえずもらっておけば安心」という考えが患者の意識にあり、薬に対する抵抗感が低い。最近では「こんな症状があったらお医者さんへ相談!」などのCMも頻繁に見受けられ、ますます処方薬がお手軽な印象になっている。
「一時期、過活動膀胱や逆流性食道炎などの薬がCMに登場しました。これらは抗コリン系薬と呼ばれ、アセチルコリンという神経伝達物質の働きを抑える作用があります。実は厚労省が注意喚起している薬のひとつなのです」
パーキンソン病治療薬や抗うつ薬の一部にも抗コリン系薬がある。また、市販の風邪薬や抗うつ薬、花粉の時期には欠かせない抗ヒスタミン剤にもアセチルコリンを抑える、抗コリン作用のある薬がある。なぜ危険なのか。
「日本では、2025年には3人に1人が罹患するといわれている認知症。初期の段階では、脳内のアセチルコリンが減少することがわかっています。そのため、いま広く使われている認知症改善薬では、脳内のアセチルコリンを増やす作用があるのです」
この認知症治療薬を服用している人が、抗コリン作用のある風邪薬や、抗うつ薬を飲むとどうなるのか。
「かたやアセチルコリンを増やす作用、かたや減らす作用と、身体の中はもはやパニックです」
ここに飲み合わせの怖さがある。患者が飲んでいる薬を医師がすべて把握し、患者側もお薬手帳で処方薬をきちんと管理していれば避けられる事態かもしれない。かといって、飲み合わせだけ気をつければいいわけではない。冒頭で触れたように、薬は単独でも必ず副作用があるからだ。
「比較的新しい薬を長期にわたって服用した場合、将来どんな副作用が生じるかはわかりません。認知症の一因が脳内のアセチルコリンの減少にあるのなら、抗コリン系薬を長期間飲み続けることが、なんの影響もないと言い切れるでしょうか。1週間だけ飲んだ風邪薬が、将来の認知症につながるとは思いません。
ただ、過活動膀胱やうつ病など、簡単にやめられない治療薬を何年も続けた先の影響を想像してみることは大切です。先進国において、なぜ日本で認知症患者の割合が高いのかも考える必要があるでしょう」