WHOから名指しで批難

 一方、日本は各国と比べて極めて鈍い動きだった。厚生労働省の専門部会が2014年には副反応との訴えがあった症状について、ワクチンが原因である可能性を否定したものの、接種再開の結論を保留。これに対し、2015年にWHOは日本を名指しで「薄弱な根拠によって有益なワクチンを使わないことは、実質的な損害につながる」と批判したほどだった。

 平野医師は、「ここまで言われても、接種で起こるかもしれないリスクのみに重点を置き、子宮頸がんを減らせるメリットが積極的に議論されたとは言い難かった」と評し、当時の接種勧奨中止報道が強い影響を及ぼしたと指摘する。

「私たちからすれば、接種勧奨中止以降の報道は、もはや両論併記とすら言えない、接種のリスクに偏った印象のものでした。

 例えば副反応を訴える女児が手足をばたつかせる映像が報じられましたが、誰もが不安になるショッキングな映像です。報じる前に十分な検討なしにセンセーショナルな報道に走ったことは大きな問題だったと思います」

厚生労働省のHPには、小学校6年生~高校1年生相当の女の子と保護者に対してワクチン情報を掲載
厚生労働省のHPには、小学校6年生~高校1年生相当の女の子と保護者に対してワクチン情報を掲載
【写真】厚生労働省のHPに掲載されているワクチン情報

 さらに、平野医師は、ある事件が長きにわたった接種勧奨中止の一因ではないかとの見方も示す。福島県立大野病院で帝王切開手術を受けた妊婦が死亡し、2006年に医師が業務上過失致死で逮捕された『大野病院事件』の余波だ。

 事件は帝王切開での手技が妊婦を死亡させたとして医師が逮捕されたが、一審判決では、検察が主張した回避策をもってしても妊婦の死亡は避けられなかったとして医師には無罪判決が下された。

「最善を尽くそうと積極的な治療を行っても、逮捕される可能性があるとわかったことで、産婦人科医の世界では危機回避を優先する風潮が強くなりました。実際、この事件を引き合いに“国やメディアがつくったネガティブな空気の中でHPVワクチンを積極的に接種しましょうとは言い難かった”と当時を振り返る産婦人科医が今でもいるほどです」(平野医師)