「3回目の体外受精で妻の妊娠がわかったのが、右の精巣がんが見つかる3カ月ほど前でした。私の精子を妻の子宮で体内受精させるのを省き、体外受精でうまくいったんです。もしも3回目も失敗した後にがんが見つかっていたら、4回目の挑戦を諦めていたかもしれません」(小杉さん)
彼は「(妻の妊娠は)奇跡的なタイミング」と、口元をほころばせながら話す。2度のがん発症は不運だが、2度目の摘出手術前の妊娠は幸運だった。
約2カ月間の抗がん剤治療がスタート
2019年12月末、2回目の手術後に進行性のがんでステージ3と判明。2020年1月末、ほかの部位への転移を防ぐために、約2カ月間の抗がん剤治療が始まる。小杉さんが若いぶん、抗がん剤を集中的に大量投与する方法がとられた。
「副作用はまず吐き気がひどかったです。乗り物酔いの2倍は強いやつという感じです。でも、入院当初からの約2カ月間はコロナ感染が広がる前で、妊娠中の妻が何度も面会に来てくれました。胎児のエコー映像を見せてもらうと、ピンク色のミニ恐竜みたいでね、その成長を励みに吐き気も我慢できました」
もう1つの副作用が脱毛。だが、抗がん剤治療を終えたら必ず生えてくると、担当医から事前説明を受けていた。そのせいか実際に抜け出すと、小杉さんは自分でも不思議なほど気分が高揚した。
「ランナーズハイをまねると、もう“脱毛ズハイ”状態でしたね。自分が自分じゃないみたいで、スマホのカメラで何枚も撮影しては、病室から友達や家族に送信していたら、全員からドン引きされました。『全然笑えないよ』って」
一見実直そうな彼だが、このエピソードから、あけっぴろげな性格でもあることがわかる。2度の手術と不妊治療を経験した今、小杉さんはこう話す。
「私と同じ病気で、子どもをつくる予定がある方は、早めに不妊治療に取り組んでいる病院での受診をお勧めします。その診察自体を受けるのが嫌だという方もいらっしゃるかもしれませんが、後悔しないためにも、できることはやっておいたほうがいいと思います。……偉そうなことを言ってすみません」
色白な顔の小杉さんはそう言うと、小さく頭を下げた。